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君は僕に似ている
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しおりを挟む個性を持たない子供。集団の中でしか生きることが出来ない子供。『個』というその集団のなかで『弧』でしかいられない子供。
実冴はずっと、礼良に不幸でいて欲しかった。それをずっとずっと長い間願って生きてきた。実冴の望みどおりに物事は進んでいた。でも、いざ本当に、礼良が幸せではなかったのだと知った時は。
ただ悲しかった。深く深く。
自分が望んだから、自分が行動を起こしたから、そうなったのだという事実に心はただ暗鬱で。
自分が望まなくても、遅かれ早かれ結果は同じだったのかも知れない。けれど、それを願っていた。心から、心の底から。人の幸せを妬む心は誰にでもある。自分より不幸であって欲しいと望むことはある。けれどもし、その通りになったら? 心には力がある。思いにも力がある。実冴はそのとこをよく知っていた。実冴はそう言った見えない何かに守られて、様々なものに影響を与えていたのだから。いつも思いのままに振舞ってきたのだから。
幸せも不幸せも心次第で決まるのだ。周りがどんなに幸せそうだと思っていても、本人はとても不幸かもしれない。回りがどんなにかわいそうな人だと思っていても、本人は平気なのかもしれない。
礼良は前者だ。完璧な仮面を被って誰にも悟られないようにその才能をフル活用して、完璧に演じて。
母はよく、実冴を井名里の家に行かないかと誘ってくれていた。いつも実冴はそれを断った。
けれどもし、一緒に行っていたら?
例えば優希が礼良を壊してしまったあの日に、そこに自分がいたら? 流石に実冴だって、庇ったかもしれない。こんな風に自分が歪んでいなければ。
庇えたかも知れない。救うことはできなくても。あなたは一人じゃないと、回りのみんなはちゃんとあなたを愛しているのだからと。
人の不幸など望んでいたら、自分も真の意味で幸せになどなれないと、やっと分かった。今まで何もしなかった分、何かしたいと思った。初めて誰かの為に、何かがしたいと思った。
そう思っても実冴には何もできることが思いつかなかった。だから初めて制服を着て、高校へ行った。彼女に逢うために。そしてまたこともなげに、自分の進むべき道を示して欲しくて。
入学式さえ出席せずに一年以上。小学校高学年から数えたら五年以上足も踏み入れていなかった学校と言う場所。行った所で、授業など受けずに帰ってきたのだが。
実冴が登校したことを知った校長、教頭、副理事長に事務局長。来客用の玄関に車をつけたら、いい大人が血相を変えて彼女を出迎えた。何しろ彼女は当時最低で最強の問題児だったのだ。
どうしたらいいのか分からず右往左往する老人たちの後ろから、彼女がひょこりと顔を出した。なにも特別でも不思議でもない様子で『あら、おはよう』とだけ。
触るな危険。とでも言うような、実冴をどう扱っていいのか分かりかねた遠巻きな老人たちにどう対処していいのか考えていた実冴の手をとって、そろそろ迎えに行こうと思ってたところだと笑った。
どうせ勉強しに来たわけじゃないんでしょうと連れて行かれたのは同じ敷地内の大学部のカフェ。
そこで、実冴はちっとも幸せそうじゃない弟の話をした。初めて誰かのためになりたいと思ったことを。けれど今更、姉の顔で会うことが怖くて。
そう言った実冴に、彼女が笑う。
「それなら先生になっちゃえば?『先生』ってすごく便利な肩書きなのよ? 私に出来たのだから、あなたに出来ないわけないわ」
と。
どうしてそうなるのか、話についていけない実冴に、だまっててごめんねと大して申し訳なさそうもなく、やっぱり笑いながら彼女が自己紹介した。
「改めてはじめまして。北條諒子(りょうこ)です。えーっと、どうなのかな、戸籍上は親族って言うか、同族くらいでしかないから他人だけど、私の父は北條諒一。正真正銘従姉です」
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