やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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そんなこんなで最終話。
実冴さんと礼良くんと哉くんが主人公の過去編です。
もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。


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 実冴の両親が離婚したのは、三歳になった春だった。離婚の理由は、北條家の跡をとるはずだった響子の兄、諒一が不慮の事故で亡くなったからだ。彼は結婚しておらず、当然のこととしてその跡を継ぐべき子供がいなかった。
 跡取がいなくなったことで、井名里家と北條家の合意の下、離婚が成立し、双子の優希と実冴は、それぞれの家の跡を継ぐものとして引き離された。
 実冴自身は、別段兄妹が離れ離れになった事については悲しかった覚えはない。分かれた日のことも、その日の気持ちも、そんな事は覚えていない。優希の事も、兄弟と言う意識は希薄だった。そんな事を考えている余裕もないくらい、物心つく頃から北條の親族は実冴に、当然の義務として北條の本家を継ぐ事を要求し、ふさわしい人間になるよう強制した。
 北條の分家の者は、井名里家に折れて女の子供を跡取りとして了承した訳ではない。家を継ぐほどの気概がなければそれなりの分家の男子と結婚させればいい、そんな打算もあっての取引だった。子供には理解できないだろうとコソコソとそんな会話を交わす親族達の思惑を知って、実冴は尚の事反発を強くする事になるのだが。
 私立の大学、付属の学校、各種専門学校、学習塾。いくつかの総合病院と特定の病気に対する専門治療の研究施設。製薬会社。
 全てを一人が統括しているわけではない。けれどその財産の象徴として、北條の本家を据えておかないと、力の拮抗した分家同士の争いに発展しかねない。一族内で泥沼の争いをした結果、その財を失った例はいくらでもある。そう言った意味では、表向きの象徴を据えておこうと言うその当時の北條一族のやり方はある意味正しかったのだろう。けれど実冴には、それは重荷でしかなかった。後見気取りで一応の表向き次の北條の女王になる実冴を取り込んで、すきあらば本家に入りこもうとする大人は大勢いた。

 無条件で、実冴の本質など考えもせずにちやほやとする大人が嫌いだった。

 忙しさを理由に自分を見てくれない母親が嫌いだった。

 そのくせ離婚をし、縁がきれたはずの井名里の家に足しげく通う母が嫌いだった。それがただビジネスなのだとしたら、平気でないにしろ許せたかもしれない。実の娘である実冴には何もしてくれないくせに、父があろう事か異母妹に産ませた子供に逢うためだけに母が井名里の家に行っていると誰かから聞いて、ひどく傷ついたことはよく覚えている。
 成長するにつれて、母と、一族に不信感が募った。十代の実冴には、その全てが嫌悪の対象だった。

 しかし、その頃の実冴が一番憎んでいたのは、見たこともない弟だった。

 全部を顔も名前も知らない彼のせいにした。そうやって、誰かの不幸を望んでいないとかわいそうな自分を維持できなかった。本当の意味で誰にも見返られることのない自分が嫌だった。どんなに努力しても報われないような、ダメなら別にそれでいいと言われているような、そんな焦燥感。
 父と母。ほとんどの子供が無条件で持っている、自分を愛してくれる人たち。自分が望んで手に入らなかったものを持っている、きっと何も知らずに幸せに暮らしている弟に嫉妬していた。
 後になって、響子が実冴に関わらなかったのは、本人の意思ではなく一族の決めた方針だったと知っても、そのころの実冴が教えて欲しかったのは、経営学でも、経済学でも、帝王学でもなく、ただ一緒に料理を作ったり、買物に行ったり、そんな些細なコミュニケーションだった。けれどそれを素直に言えるほど、実冴は子供でいられなかった。そんな子供にしたら本当にあたりまえの『子供染みた』事をすることは許されなかった。周りの大人に急かされるように、実冴はどんどん子供の枠からはみ出していった。
 実冴はずっと、響子は母親らしい事を一つもしてくれなかったと思っていたが、響子からしてみれば、実冴はずっと子供らしい事をしてくれなかった子供だったのだ。だからこそ、その分まで、ただ無心に自分を慕って甘えてくる礼良をかわいがった。
 お互い同じ物を望みながらすれ違っていた。そしてできた風穴を埋めるために、響子は礼良に愛情を注いで、実冴は憎しみを抱いた。
 もともと頭の回転が速く、大人の望む子供を演じることが出来た実冴は、そのうち一族の人間さえ思うようにあしらいだした。十歳になる少し前あたりから暴走をはじめて、母宛にくる政財界のパーティーに、かたっぱしから参加した。
 子供であることを最大の武器にして、実冴はにっこり笑って政財界でも接触の難しい人物たちとコンタクトを取り、あっという間にコネクションを形成した。それらをバックにつけて、一族の大人たちを屈服させていくことが楽しくて仕方なかった。
 夜に遊び歩くようになって、当然のように学校には行かなくなった。小学の五、六年、中学の三年間で実冴が学校に行った日数は片手で足りるほどだったにもかかわらず彼女が高校に進学できたのは、北條の財力の賜物だったろう。
 実冴が教えてと言えば、インサイダーと分かっていても『ここだけの話だよ』と公開されていない情報が手に入る。そう言ったやり口で実冴は己の財産を増やしていった。
 気ままに自分のやりたいことをして生きていた。それで満足しているつもりだった。
 だから、高校一年生の三学期が終わるころこのまま出席がなければ、さすがに高校の単位は与えられないと言われて、遠まわしに退学をにおわされても怖いものはなかった。それならそれで構わないと思っていた。実冴の生活態度が改善されることはなく一度も袖を通さない制服がクロゼットの中に眠っていた。
 春がきても、実冴は進級できなかったにしろなぜか退学にならなかった。もちろん学校に行かなかった。


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