やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キミにキス

5-10 楓

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「美少年アイドルより、美少女アイドルのほうが受け入れられやすいからってのが、実冴さんの言い分。だから、RENって名前と年以外は全部シークレット。どうせ廉ちゃんは六つまで外国にいたし、学校は北條のところで、しかもほかの習い事の関係で普通の子とは別のカリキュラム受けてたことが多いから、バレないと思う」
 それに、学校での廉はいつも下を向いていて、ほとんどしゃべらない物静かを通り越して暗いイメージのある子だった。まさかこんなことをしているとは、ダレも気づかないだろう。
 歌っている廉に合わせて、ちいがまた歌いだす。
「ちいって、ちっちゃいころからいつも歌ったり踊ったりしてたけど、あのころからステキ変調変わってないね。あ……ゴメンナサイ」
「いいけど。わかってるから。でもすごいんだよ、廉ちゃん今年だけで四曲シングル出してるんだけど、一曲ダブルミリオンでほかも全部ミリオンなの。この間だしたアルバムもガンガン売れてて。そしたら作詞にちょろっと加わっただけで印税ごっそりはいってくー……るっ……らしいの」
 苦しく語尾をごまかして、えへらっと笑うちいに、健太もにっこり微笑む。ムリにごまかしたことで、ちいが両親に内緒で稼ぎを増やしていることを察した健太の、いろいろ複雑に混ぜ込んだ裏のある微笑にちいの顔が唇を上げた形のままひきつる。
「へぇ そんなこともやってたんだ? じゃあホントにお金持ちだね、ちい。僕、おすしはトロとウニとイクラだけでおなかいっぱいになりたいな。みあを連れてはでられないから、前にしたみたいに板前さんウチに呼んでー……」
「いくらすると思ってんのよ、それっ」
 五年前に健太が帰ってきたときも、彼は寿司が食べたいと言って、それを聞いた実冴がおごってくれたのだ。四家族居たので仕方ないのかもしれないが、実冴が散財したと苦笑いするほどの事件はちいの中であの時以前も以後もない。いくらかかったか怖くて聞けなかった。
「シラナイ。でも出前だとほら、せっかくのおすしが……やっぱり、握りたてがおいしいよね? おいしいもの食べたら、いらないことなんかわすれちゃうよね?」
「わかったわよっ………高いの食べさせてあげる代わり、一貫食べるのに最低一分は使ってよ。ああそれより、ゆっくり握ってもらえるように頼もう」
 廉の歌を流したまま、画面をユーザモードに切換えて、ちいがラインの向うのオペレータに何かを注文した後、車を発進させた。
「すごい。ちい、有人通信使ってるんだ」
 レトロな無線機の形をしたオンラインシステムが、一転して最新の通信機になる。オーディオといい無線機といい、妙なところに凝っている車だ。
「機械より人のほうが融通が利くし有能で早いんだもん。慣れたら戻れないよ。あとハッタリにもなる。機械じゃキャンセルされても有人だとオッケーってところもよくあるよ」
 一般に普及している個人向けのオペレートシステムは機械による大量処理だ。秘書を一人雇うようなもののような、ムダに人件費のかかる有人システムは、限られた人しか利用していない。余裕を持って対応できるようオペレータ一人の処理上限が低く設定されているので、世界中で空きを待っている状況だから、誰でも使えるシステムではない。
 申し込みの早い遅いではなく必要とする人を管理会社が選ぶので、必要度が低いとみなされた人物は一生待っても使えない。予約リストに載るだけでも大変なことらしい。
 なので、普通の人は自分の端末に生身のオペレータから通信が入ると、なにごとだろうと身構える。一生縁のない人もいるはずだ。
 今回出張を依頼しようとする店は予約さえ有人システムを介しないと取れない。
「有名人って感じだねぇ」
「仕方ないよ。セキュリティの行届かないヤツ使えないもん。げ。通った。断ってくれたら良かったのに」
 出張予約が受けつけられたことを知らされてちいが向こう側からの料金設定と今日の食材を聞きながらなるべく安くあげようとしている横で健太があれもこれもと口をはさむ。
「もうっ! お兄ちゃんは黙っててよ」
「やだ。うに。ウニたくさん。さっき言ってた小樽から採れたて空輸のをいっぱい」
「やめてーっ」
 登録のときに健太のデータを家族利用者として加えてしまったことが間違いだった。準利用者として健太の質問や意見をオペレータがにこにこ相手に通してしまっている。
『ウニについては取消しされますか?』
「はい!!」
「えー あのさーオネーサン、廉ちゃんって知ってる?」
「ごめん、取消しを取消し。ああもうナニがどうだかよくわかんなくなってきたっ! 画面分割して今までの履歴プリーズ」
 オペレータが絶対にプライベートな情報を漏らさないよう教育されていると知っていても、やはり知られるのは拙(まず)い。舌打ちをしながら、ちいが健太をにらむが、健太は軽くさわやかに笑ってごまかしている。
 ご注文一覧にステキな品目がステキなお値段とともに表示された。先ほどから同じようなやり取りをくり返しているためか、オペレータは少し前の取引から取消しを通知していなかったらしく、履歴の途中から無駄な通信はない。
「おー」
「げ」
 目をキラキラさせてそれを見る健太と、もう見なかったことにするためにセミオートだった運転を手動に切換えて前を見ることに専念するちい。
「もういいかな」
「いいにしといて! だいたい、嬉々として妹に集(たか)る兄なんて、どこにいるってのよっ」
「いるでしょココに。やっぱり持つべきものはお金持ちの妹だよねー じゃあコレでお願いします」
「朝ご飯はぜったい、ホットケーキだけだからね。ホットケーキミックス五キロくらい家に届けて。牛乳と玉子も適当に。いつものお店に注文」
『了解しました。復唱します』
 流れるようなオペレータの声を聞きながらちいはアクセルを踏みこんだ。


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