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キミにキス
5-8 楓
しおりを挟む「こう言うことを言っても平気だってわかってるから、ちいが本当の事を聞きたいと思ったから僕は答えたんだよ。僕が家族と暮さないのは、嫌いだからじゃなくて、やっぱり離れてても家族だって思ってるから」
「私はー……」
放っておいたらいつまでも髪を触られつづけそうで、両手で健太の手をどける。けれど視線はまだあわせられなくて、ちょっとした向きのままでちいが言葉を続ける。
「私はさ、ほんと、今まで家族と離れてて、今いっしょにいて、いっしょがいいなってやっとわかったの。お兄ちゃんもう、なんていうか、こう言う一時帰国じゃなくて、帰ってこないの?」
「え? 今回はすぐイギリスに帰ったりしないよ。言ってなかったっけ?」
「は?」
「二年くらいいるつもり。その後のことはまだ決めてないけど、夏にちいを見たらなんだか、日本が無性に恋しくなっちゃって、即申請して、年明けからちいと同じ大学に通うんだよ? お父さんたちには言っといたんだけど。あ、そっか、僕自分で言うから言わないでって頼んだんだ。そう言えばちいとメールやり取りしててもそれは言い忘れてたなぁ」
軽く笑い飛ばす健太をあっけにとられた表情のちいが見つめる。カゴがしなるほど入った本を数えて、健太はこんなもんかなと、呆然としたまま動けないちいをおいてすたすたレジへ向っていく。
「まあでも、学舎が違うからなぁ ちいはスキップとかしないの?」
取り残されたことに気づいて慌ててついてくるちいに、首だけひねってしれっと話題を変える健太に、ちいが追求することを諦める。
「しないつもり。今まで勉強する時間ギリギリ削って生きてきたから、余裕を持ってやりたいの。スキップなんてしたら、全然遊べないわ」
「それもそうかも。僕なんか、勉強以外することなかったから仕方なかったんだよなぁ それに、法学のちいとは全然ちがうから、ちいが来てもあんまり意味ないかな」
言葉の壁をものともせずに、健太はすでに向こうで大学の課程を二つ修了している。目下本人が楽しんでいる学問は教育学だ。
「お兄ちゃんはね、コロコロ志望変えすぎ。結局お父さんたちとおんなじこと勉強してて楽しいかなぁ」
「あの人たちのやってるのは『教育』僕がいまやってるのは『教育学』教育をひたすら学問するんだよ。楽しいよ、どんなに一生懸命考えても考えても、答えがでないのって」
「ああー私、そういうのいや。サクっと答えを出さないと次に進めないもん」
答えが出ないなんて、そんなもののドコが面白いのかわからないらしいちいが頭を抱えて横に振っている。
「ちいの頭って数学向きだよね。僕はすぱっと答えがでるより、ぐるぐる考え続けることのほうが好きみたい。そっちのほうが、可能性がたくさんある気がしない?」
答えがひとつしかないものより、たくさんあったほうが楽しいと健太は思う。いろいろなことをたくさん考えて、一番いい方法を探す楽しさは、なんとも表現しがたい。
「あ、そうだ。おばあちゃんに頼んどこう。日本が終わったらこんどはアメリカかヨーロッパのどっかの国の教育学もやりたいんだ。ウチのおばあちゃんってコネいっぱい持ってるからいいよねぇ」
「それはお兄ちゃんにとって、でしょ。知ってる? 日本の大学の学食は高くて少ないんだよ。あっちみたいにタダで何でも食べさせてくれないんだよ。お兄ちゃんみたいに生活費を全部本につぎ込んでたら餓死するかもしれないじゃん!!」
のほほんとした健太に、一番の心配事を口にする。
「大丈夫、家にいたら何かあるから。あ、そうだ。今日はお寿司がたべたいなぁ」
「お寿司!? 晩御飯はホットケーキだって言ったじゃない。この本少し返してさっきのお金分けてくれたら考えるよ」
もちろんホットケーキにするつもりはないけれど、寿司にするつもりもないちいがそう言うと、健太がこの世の終りを告げられたかのような顔でちいのほうを見つめている。
「………わかったから。スーパーで買ってあげるから。いやそうな顔してもそれ以外はだめだからねっ お兄ちゃんみたいになんでも丸呑みするような人に高いもの食べさせられないもん。イギリスのときもっ あのお店、日本ででてるガイドブックに載るくらいすごいところなんだよ? 三人前のパスタ皿食いして店員さんが笑ってたでしょう!?」
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