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キミにキス
5-6 楓
しおりを挟む「ほらほら、かわいい。いいんじゃないの? 似合ってて暖かそうで」
全く気にする様子もなく夏清がみあにそれを着せて抱きあげた。確かに本人もタイミングよく至極満足そうにふにゃふにゃと笑うような顔をしていた。不思議なことにそれだけで、周りがふんわりとまるくなる。
「抱いていい?」
機嫌のよさそうなみあをみて健太が両手を出している。
「お兄ちゃん、チャレンジャだね……」
こんな危なげなものは抱けないと思っていたちいの横で、小さな物体が手渡しされている。
「そうそう、首の後ろ持って、包み込むみたいに」
「包み込むって……」
好奇心で抱いてみようと思ったものの、腕の中の芯がないような、やわらかくて心もとないのにずっしりと重い感覚にやめておいたら良かったと健太が後悔する前にみあのほうが泣出した。
「うわ。どうしよう。ちい!!」
「な、なに!?」
名前を呼ばれてみあを差出され、反射的に手を出してしまった。さらにどうしようもない抱き方をされたみあが、小さな体のどこから声が出るのかというくらいの音量で泣いている。
「いやーっ! お母さん笑ってないで助けてっ めちゃめちゃ泣いてるよ」
「がんばりなさい」
わけもわからず……いや、抱かれ方が不満なのだと言うことはわかるのだが、どうやったら泣き止むのかがわからずに、ちいまで泣きそうな顔をして夏清に助けを求める。対する夏清は手を差し伸べるでもなく泣きそうな上の娘と、泣いている下の娘を笑ってみているだけだ。
がんばれと言われても、なにをどうがんばればいいのかわからない。そうしているうちにますますみあが必死な様子で、踏ん張るように手足に力を込めて、顔を真っ赤にして泣き続ける。
「うわーん。こっちが泣きたいよぅ」
「かしてみろ」
声より腕のほうが早かった。
つまむようにしてひょいとみあが持ち上げられて礼良の腕の中に入っている。ちいがぽかんとしている間にふごふごという余韻も短く泣き止んでしまった。
「あ、お父さんスゴイ」
「ほんとだ。見た感じお兄ちゃんの抱き方と変らないのになんで?」
「全然違うだろうが。だいたいなぁ 恐る恐る抱かれて安心できるわけないだろう。それしか頼るもんがないのに、支えるもんが不安定なら怖いって言われて当然。お前らだって立ってる足元がいつ崩れるかわからないようなところに長く居たくないだろう」
「なるほど。ゴメンネ」
まだ少し難しそうな顔をしたままのみあを覗き込んで健太が謝っている。
「赤ちゃんは泣くのが仕事みたいなものだから、別に謝らなくていいのよ。それに覚えてないんだから。みあなんか、健太に比べたらまだ泣き方もかわいいほう。健太は本当に、寝てるとき以外はいつも泣いてるような子だったからねぇ 逆にちいは全然泣かなくて。ほとんど病院だったから、いつもいつもいっしょに居られたわけじゃなかったけど。子供って本当に一人一人違ってて、一人一人初めてなのよね。あなたたちはいまじゃこんなにでっかくなって」
立ちあがって夏清がみあを抱く。
「一人ででかくなったような顔してな」
「悪かったです、態度も図体もでかい娘でっ 少なくともお父さんのおかげなのは体のでかさくらいだから」
ああ言えばこう言う、という見本のようなやり取りと、両手が空いた礼良が出した手をちいが避ける。
「んじゃ、私は自分の車で帰るから」
「待って。僕もちいのほうで帰る。久しぶりに日本語みたらどうしても本屋行きたい衝動を抑えきれなくて」
「また本? お兄ちゃん本ばっかり買ってないで服とかご飯とかに使おうよ、お金。まぁ夏に比べたらちょっとだけお肉ついたみたいだけど、お母さんが言うとおり、お兄ちゃん絶対痩せすぎだから」
「あの時は大学が休みで学食にいけなかったからやせてたけど、今はちゃんと食べてるよ。機内食おかわりしたし」
「しないで、そんなもんのおかわり。って言うか、普通食べきれないからあんなもの」
呆れたようにちいが健太のハラの辺りを叩いたあと、後ろでひとつに束ねてある肩よりも長い髪をひっぱる。
「それから、髪の毛切るとか。鬱陶しいから切るって言ってなかったっけ?」
「言ってたけど、気が変ったの。それに僕、ちいみたいに染めたりしてなからつやつやだよ?」
切ることが面倒で伸ばし始めて、徐々に洗髪が面倒になって自分で適当に切るというのがパターンだったが、この秋入って来た女の子がやたらと健太の髪を気に入ってしまい、健太が髪を切ったら自分も切ると泣いて抗議されて断念した。
健太にしてみれば彼女の長い髪の方がよっぽどきれいだと思ったので、その髪を切られるくらいなら、洗うくらいの手間は仕方がないかという結論になってしまった。
「勿体無いでしょ」
「これのどこが」
男の髪を勿体無がってどうするのとさらにぐいぐいとちいが髪を引く。
「これじゃなくて、ちいの髪。似てたんだよね、くるくる具合とか、やわらかさとか」
「はぁ?」
「ちいは短くても似合っててかわいいけどね。女の子の髪は長い方が個人的にはいいなってこと。錯覚って人生に必要だよね」
「なにそれ。わけわかんない」
自己完結している健太に、ちいがいう。
「うん。ほら、自分自身にだまされてナンボのものってあるのかなぁって」
「……お兄ちゃんってときどきわかんないよね」
「そうかな」
ちいがしゃがみこんで開けっ放しだったキャリーのファスナを閉めると、健太がそれを引きうけてくれた。花を両手で持ったちいと二人がじゃあと出て行きかけたのを礼良が止める。
「さっきの金だけじゃたらないだろ」
何枚かの札を健太に向けて差出す。
「アリガトウ」
「お父さんっ 私には私には? 私にもお小遣いっ」
見ていたちいが私も頂戴と花を片手に持って、空いた手をだす。
「お前は俺より金持ってるから小遣いなんかいらないだろうが」
軽くその手を叩くように、それでも健太に渡したものと同じ額がちいに渡される。
「うわーい」
「それでついでに晩飯買ってきてくれ」
「………喜んで損した。いいもん、これでホットケーキミックス買占めてやる……」
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