やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キミにキス

5-5 楓

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「だからっ どうして両方やめなきゃならないのよ」
「おかえりなさい。健太は?」
「ああ、下の売店で買物してから来るって」
「ちょっと!!」
 ちいの問に答えずに礼良がすたすたと奥に行き、簡易ベッドになるソファにかけて夏清と話をしている。
 絶対ないがしろにされている。先ほどまで娘の相手をしていた夏清が、もう礼良のほうしか見ていない。
「ちくしょー ばかっぷるがっ」
「いつもいがみ合いされてるよりいいんじゃないの?」
「うわあっ」
 わざと聞えるように悪態をついたちいの背後から、また声が降ってくる。
「そんなに、おどろかなくても。僕はノックはしたからね。返事聞かずに入ったけど」
「その体勢でどうやってノックしたのよ?」
「足」
 両手にアレンジメントされた花を持って立つ健太を見てちいが聞き返すと、にっこり笑って言いながら片足を上げている。
「おかえり、ひさしぶりね健太。あなたまたやせたんじゃない?」
「ただいま。やせてないと思うけど、背は伸びたよ。そういえば体重計にはしばらくのってないかなぁ お母さんとは一年ぶりくらいかな。ちいとは今年の夏に逢ったけど、お父さんとは五年くらい逢ってなかったって話を車の中でしててねー」
 喋りながらベッドに近づいて、健太がかごを覗き込む。
「で、コレ?」
 一瞬静かになった室内に夏清とちいの笑い声が広がる。
「だめだ。お母さん、やっぱり私たち、言われたこと言い返してるんだよ。だってお兄ちゃん、顔はともかく性格は全然お父さんに似てないもん」
 なぜ笑われているのかわからない様子の健太がきょとんとした顔をした後、まあいいやと再び笑顔になって、ハイと夏清に花を渡す。
「オメデトウゴザイマス」
「あら、ありがとう」
「こっちはちいにあげよう」
「なんで?」
「なんでって、うれしくない? 理由がいるなら、そうだなぁ 僕があげたいだけなんだけど、ちいがいらないなら、みあにあげよう」
 くるりと身を返した健太の手をつかんで妹に回りかけた花を奪う。
「いや、いりますっ ちょうだい。お兄ちゃんっていろんな意味で日本人の感覚とズレてていいよね」
 ちいとしては、出産なので病気ではないと言ってしまえばそれまでだが、退院する母に花を渡すのはともかく、自分の分まであるとは思っていなかったので口をついて出てしまったのだ。
 ものをもらうのはうれしい。花やぬいぐるみはいくらもらってもいらないことはない。
「ちい、髪の毛切っちゃったんだ。シシ丸みたいでかわいかったのに」
「シシマルってなによ? 染めたりパーマかけたりで、痛んでたから切っちゃったの。また伸ばすよ」
 夏にまとまった休みを取って、ふと思い立ってちいは健太のいるイギリスへ旅行に出かけた。思いがけない人と同じ飛行機だったり、お互い会いに行った家族が、これまた知り合いだったりと楽しいハプニングがあって、思いのほか充実した時間を過ごせたのだが、その時は、ちいの方が髪が長かった。くせっ毛に輪をかけるようにしてくるくるとパーマをかけてボリュームをだしていた髪を、ばっさりとショートカットにしたちいと、くせのない髪をそのまま伸ばして一つにしばっている健太。髪質一つとっても、全くにていないのだ。
「そうだっ 私、みあにお土産買ってきたの。めちゃくちゃかわいいんだよ。ちょっと高かったけど衝動買いしちゃった。あとね、お母さんには山ほど楓汁買ったよ。一個だけ持って帰ってきたけど残りは来週中には届くと思う」
 自分の頭に注がれる父親の視線から逃げるように、しゃがみこんでキャリーのファスナをあけて、ちいがいそいそと中からビンに入った薄茶色の液体とと白い何かをとりだす。
「ああ、メイプルシロップか」
 ビンに貼られたシールにある三つに分かれた葉っぱのマークをみて楓汁が何のことなのかわかったらしい健太が独り言のように言う。
「うん。はちみつよりこっちのほうが赤ちゃんのいるお母さんにはいいんだって。帰ったらホットケーキ焼いて食べようね」
「僕の分も」
「お兄ちゃんにもたくさん焼いてあげる。昔お母さんがしてくれたミッキーみたいな形にするのよ」
 大きな丸に、小さめの丸を二つくっつけて世界で一番有名なネズミと同じ形にするのが一時期井名里家で流行っていた。病気がちな箱入り娘で人が多いところに連れて行ってもらえないちいのためのものだったのだが、大人にも好評でいつもその形だった。
「で!! コレコレっ 耳がついてて、尻尾がついててふかふかなの。フェイクじゃないよ、本物っ」
 広げて見せた毛皮は、新生児をくるむのにはすこし大きめだ。
「かわいい。おくるみ?」
「ううん。犬用だっ……っぃたー」
 犬用、と言いきる前に礼良がちいにげんこつを落した。
「……買ったあと気付いたのよ!!」
 見た瞬間に一目ぼれをして買ってしまったのだ。タグを見ると『for dogs』と書いてあったのだが、そのときはすでに日本に帰ってきていた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
これを書いたときはまだ天然物の毛皮に対する風当たりが優しかったんですが……今のところまだ取引はある模様なのでそのまま。


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