215 / 259
キミにキス
5-5 楓
しおりを挟む「だからっ どうして両方やめなきゃならないのよ」
「おかえりなさい。健太は?」
「ああ、下の売店で買物してから来るって」
「ちょっと!!」
ちいの問に答えずに礼良がすたすたと奥に行き、簡易ベッドになるソファにかけて夏清と話をしている。
絶対ないがしろにされている。先ほどまで娘の相手をしていた夏清が、もう礼良のほうしか見ていない。
「ちくしょー ばかっぷるがっ」
「いつもいがみ合いされてるよりいいんじゃないの?」
「うわあっ」
わざと聞えるように悪態をついたちいの背後から、また声が降ってくる。
「そんなに、おどろかなくても。僕はノックはしたからね。返事聞かずに入ったけど」
「その体勢でどうやってノックしたのよ?」
「足」
両手にアレンジメントされた花を持って立つ健太を見てちいが聞き返すと、にっこり笑って言いながら片足を上げている。
「おかえり、ひさしぶりね健太。あなたまたやせたんじゃない?」
「ただいま。やせてないと思うけど、背は伸びたよ。そういえば体重計にはしばらくのってないかなぁ お母さんとは一年ぶりくらいかな。ちいとは今年の夏に逢ったけど、お父さんとは五年くらい逢ってなかったって話を車の中でしててねー」
喋りながらベッドに近づいて、健太がかごを覗き込む。
「で、コレ?」
一瞬静かになった室内に夏清とちいの笑い声が広がる。
「だめだ。お母さん、やっぱり私たち、言われたこと言い返してるんだよ。だってお兄ちゃん、顔はともかく性格は全然お父さんに似てないもん」
なぜ笑われているのかわからない様子の健太がきょとんとした顔をした後、まあいいやと再び笑顔になって、ハイと夏清に花を渡す。
「オメデトウゴザイマス」
「あら、ありがとう」
「こっちはちいにあげよう」
「なんで?」
「なんでって、うれしくない? 理由がいるなら、そうだなぁ 僕があげたいだけなんだけど、ちいがいらないなら、みあにあげよう」
くるりと身を返した健太の手をつかんで妹に回りかけた花を奪う。
「いや、いりますっ ちょうだい。お兄ちゃんっていろんな意味で日本人の感覚とズレてていいよね」
ちいとしては、出産なので病気ではないと言ってしまえばそれまでだが、退院する母に花を渡すのはともかく、自分の分まであるとは思っていなかったので口をついて出てしまったのだ。
ものをもらうのはうれしい。花やぬいぐるみはいくらもらってもいらないことはない。
「ちい、髪の毛切っちゃったんだ。シシ丸みたいでかわいかったのに」
「シシマルってなによ? 染めたりパーマかけたりで、痛んでたから切っちゃったの。また伸ばすよ」
夏にまとまった休みを取って、ふと思い立ってちいは健太のいるイギリスへ旅行に出かけた。思いがけない人と同じ飛行機だったり、お互い会いに行った家族が、これまた知り合いだったりと楽しいハプニングがあって、思いのほか充実した時間を過ごせたのだが、その時は、ちいの方が髪が長かった。くせっ毛に輪をかけるようにしてくるくるとパーマをかけてボリュームをだしていた髪を、ばっさりとショートカットにしたちいと、くせのない髪をそのまま伸ばして一つにしばっている健太。髪質一つとっても、全くにていないのだ。
「そうだっ 私、みあにお土産買ってきたの。めちゃくちゃかわいいんだよ。ちょっと高かったけど衝動買いしちゃった。あとね、お母さんには山ほど楓汁買ったよ。一個だけ持って帰ってきたけど残りは来週中には届くと思う」
自分の頭に注がれる父親の視線から逃げるように、しゃがみこんでキャリーのファスナをあけて、ちいがいそいそと中からビンに入った薄茶色の液体とと白い何かをとりだす。
「ああ、メイプルシロップか」
ビンに貼られたシールにある三つに分かれた葉っぱのマークをみて楓汁が何のことなのかわかったらしい健太が独り言のように言う。
「うん。はちみつよりこっちのほうが赤ちゃんのいるお母さんにはいいんだって。帰ったらホットケーキ焼いて食べようね」
「僕の分も」
「お兄ちゃんにもたくさん焼いてあげる。昔お母さんがしてくれたミッキーみたいな形にするのよ」
大きな丸に、小さめの丸を二つくっつけて世界で一番有名なネズミと同じ形にするのが一時期井名里家で流行っていた。病気がちな箱入り娘で人が多いところに連れて行ってもらえないちいのためのものだったのだが、大人にも好評でいつもその形だった。
「で!! コレコレっ 耳がついてて、尻尾がついててふかふかなの。フェイクじゃないよ、本物っ」
広げて見せた毛皮は、新生児をくるむのにはすこし大きめだ。
「かわいい。おくるみ?」
「ううん。犬用だっ……っぃたー」
犬用、と言いきる前に礼良がちいにげんこつを落した。
「……買ったあと気付いたのよ!!」
見た瞬間に一目ぼれをして買ってしまったのだ。タグを見ると『for dogs』と書いてあったのだが、そのときはすでに日本に帰ってきていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
これを書いたときはまだ天然物の毛皮に対する風当たりが優しかったんですが……今のところまだ取引はある模様なのでそのまま。
0
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる