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キミにキス
4-2 桃
しおりを挟む「確かにこの子は普通の子とちょっと違う疾患を持って生まれたけど、今はこんなに元気だもの」
「うん。ちい元気よ? もうおなかも痛くないの」
言いながら元気さをアピールしたいのか右足だけつま先立ちになって妙な踊りを踊りだす。最初は手振りもつけてゆっくり室内を練り歩いているが、すぐにジャンプ込みのスキップもどきになり、意味不明の歌がついて、最後は叫びながら走り出す。今日は走り出した直後なにかに気づいたらしく、急ブレーキのあと恐る恐る振り返っている。
「ほんとよ? 今日はおなか痛くないよ」
「痛くないから走っていい理由にならないだろう!」
つい数日前、腹痛と熱のダブル攻撃で三日も寝込んでいたのだ。あと一日熱が下がらなかったら入院させようと医者とも相談していた。やっと病状が落ち着いたと言うのに、本人はまったく落ち着かない。
「来週の検査でまた悪いところがあったら入院しなきゃならないんだぞ」
「入院いやぁ」
入院と聞いてちいの顔が曇る。彼女がこの世で一番嫌いなことが『入院』することだ。
「入院がイヤならおとなしくしてろ。そんなふうに動いたらダメだっていつも言ってるだろう」
「…………」
言葉ではなくぶーっと息を吐いてじゃあもう動かないとばかりにその場に座り込む。
「……だから! そんなところに座るな。夏でも冷えたらまた調子が悪くなるだろうが」
何も敷いていないフローリングの床にお尻をつけるような格好でべったりと座ったちいが、立ち上がり近づいてきた礼良に抱き上げようとされて、体をよじっていよいよ床に転がってしまう。
「ちい!!」
転がったまま芋虫のように体を伸縮させて動いていたちいがとうとう怒鳴られてびくりと跳ねてから固まる。
「まったく、他人がいるときは俺が本気で怒らないと思って……いつもいつもそんなことばっかりして楽しいか? 寝るならちゃんとふとんに行け!」
「いやぁ」
「いやじゃないだろ。ムリしてしんどいことになるのは自分なんだからもうちょっと考えろ」
「いーやーあーあー」
無理やり抱き上げられて全身で抵抗の意思を示し、結局怒られる前よりじたばた激しく動くちいを、蹴られ殴られ、身をつかまれて髪の毛を引っ張られながら担ぎ上げている礼良をみながら、いつの間にやら響子の隣にやってきたキリカが小さな声で話しかける。
「いいんですか? 止めなくて」
「止めてもいいんだけど。この間夏清ちゃんに聞いたのよ。あの子、実冴や私といっしょにいた次の日はよく熱を出すんですって。そろそろあまりわがままも聞いてもらえないってことをわかってもらわないと……ちいちゃんが熱をだして、誰が一番大変かっていうと、やっぱり夏清ちゃんだしねぇ」
どうしてもつい甘くなるからと苦笑して響子がお茶を飲む。
「病気のこともあって……いろいろと制約されてしまうからかわいそうになってしまってどうしてもみんなあの子のわがままを聞いてしまうのね。それではダメだって思いながら、あの笑顔には弱……」
「いがッ!!」
にぶい、骨が鳴ったような音と礼良の、意味のよくわからない呻き声が重なる。それでも攻撃者を払いのけずにゆっくりと降ろしてそのまま大きな体が床に落ちる。
「お父さんきらい。だってダメばっかりなんだもん!!」
文字通り、うわーんと声を上げて泣きながらちいが響子に向かって走ってくる。
響子にしがみついて涙とハナミズでぐずぐずになった顔をあげて、要約と通訳が必要な日本語で、父親がひどいことをすると訴えている。
「うわー すごー 私、いなりんがオチたのはじめてみたー」
「私も礼良くんが膝ついたの、はじめてみた」
キリカと逢が異口同意で口をそろえた。
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