やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キミにキス

1-5 桜

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 小学校の駐車場を囲むように咲いた桜が春の空まで淡い暖色に染めているようだ。
 やっと式が終わり、それと同時に公が秘書に引きずられるようにしながら帰っていった。本人の希望としては教室での様子もビデオに撮り、昼食もいっしょに摂りたかったらしいのだが、みんなで昼食をと提案した実冴に同調しようとしたところを止められた。
 今日これからのスケジュールを告げられて、へらりと笑ってこともなげに言い放ったのだ。
「自分のヘリ飛ばすから」
 もちろんこの提案は、即座に満場一致で否決された。近くに空港があったら自家用飛行機で乗り付けられたかもしれない。
 公にとってはヘリだろうが飛行機だろうが車だろうが、同じ乗り物としてひとくくりなのだろう。少し前に自家用の電車がほしいと言い出して、それも周りにいた人間に止められていた。
「夏清ちゃんも来られるって。ちょっと遅くなるかもしれないから現地合流。で、ナニ食べる?」
「ちい、すぱれっきーたべたい!」
 髪がゆれるのが楽しいのか跳ねながら自作の歌らしきものを歌っていたちいが実冴の言葉に真っ先に答える。というより、なにを食べたいのか尋ねたら、十回中九回はスパゲッティが食べたいと答えるのだが。
 先ほどまで『さくら』と言う単語を延々節を付けて歌っていたのが、オートで『スパゲッティ』に切り替わる。ただし、舌が足らないので、夏清曰く『ちい語』で発音している。くるくる動き回る我が子をひょいと抱き上げて、礼良がまた低い声でその名前を呼んだ。
「ごめ……」
「なにが悪くて謝るかわかってて謝るのか?」
 咄嗟にごめんなさいと言いかけたちいの言葉をさえぎって礼良が尋ねる。
「……ぴょんぴょんしてた」
「そう。お前ははしゃぎすぎたら熱がでるだろう。それから?」
「…………すぱれっきー?」
「それはいえなくていい」
 子供の発音など気にしていたらきりがない。すぱれっきーくらいなら意思の疎通もラクだが、本当に何を言っているのかわからないときがまだまだある。
「ほかはわかんない」
「何かを決めるときは年長者の意見が優先」
「ごめんなさい」
 小さい手を礼良の胸について、降りる意思を伝えるちいをかがんで降ろす。
「わたしは何でもいいのよ。ちいちゃんが食べたいもので」
 足が地面に着くと同時に早足で数威の元に行ってスラックスをはいた足にしがみつく。
「おじいちゃんは、すぱれっきーいや?」
 必死な様子で見上げられて、数威が苦笑する。どう見ても子供しか持っていない武器をちらつかせての脅迫だ。
 当然、数威もそのままちいに同意する。
「ちい、おじいちゃんだいすき」
 両手を上げて抱っこを要求するポーズに緩みっぱなしの表情のまま今度は数威がかがみこんでちいを抱き上げる。めがねの奥の目が絶対に他では見られない形で笑っている。
「それから、自分のことを呼ぶときに名前を言わない」
「……だって、ちいはちいだもん」
 せっかく機嫌がなおりかけたところに礼良にいつも言われつづけていることを言われ、ちいの唇の端が下がる。泣いてやるぞという顔をした後、しっかりと数威のスーツにつかまって顔をうずめてしくしく泣き出す。
「アンタうるさすぎ。そんなのそのうち直るんだから放っときなさいよ」
「そうねぇ 本人が恥ずかしいと思うようになったら自然にやめるんだから、そんなに神経質にならなくても」
 抱いている数威はもちろん、女性陣二人も加わって全員で慰めにかかっている。
 泣いていないほうにかけてもいいのだが、こうなったら負けだ。観念して悪者になるしかない。周りにいるのが礼良と夏清だけなら、ちいは絶対に泣かない。泣きまねが通用しないからだ。
 逆にこのメンバーならば、泣けば味方になってくれることをわかっているのですぐに泣く。しかも、大声で泣くよりも自分のほうさえ見ていてくれればしくしくと泣いたほうが効果があることも知っている。
 さらに、この三人にだけは父親である礼良が敵わないと言うことも知っていての所業だ。
「タチ悪……」
 あさっての方向を向いて心の中でつぶやくよりほかにない。子供は小さいだけで優遇される生き物だ。それに、自分の子供なのだから、甘やかされてうれしそうにする様子を見るのが本当にいやだと言うわけではない。
「ちい……またなんか買ってもらうよね」
 何気なく目を向けた昇降口から子供が溢れ出してきて、すぐに自分の父親を見つけたらしい健太が、登校時上履きだけしか入っていなかったほとんど空と思われるランドセルを揺らしてやってくる。そして状況を見た健太が、礼良にだけ聞こえる声でそう言った。
「あら、ケンちゃん終わったの?」
「うん。みんなも待っててくれたの?」
 入学式が終わって教室に戻っての最初の二十分こそ父兄がいたが、大人はすぐに追い出された。そうしないと子供たちが前を向いて先生の話を聞くよりも、後ろの自分の親のほうを気にするからだというのが建て前だが、実際のところ親のほうがうるさいと言うのがその理由だろう。
 健太のクラスだけ見てもざっと子供の四倍近く大人がいるのだ。教室に入りきれない分は当然廊下にはみ出していた。内と外で会話をしだせば、やかましいことこの上ない。
 子供たちだけ集められていた時間も十五分程度のもので、待っていたと言うほどの時間ではない。ただ、忙しい人たちだとわかっているので待っているのは父親と妹だけだろうと思っていたのに、健太の予想外に、消えていたのは公だけだった。
「そうよー みんなでいっしょにご飯食べに行こうと思って。大勢のほうが楽しいでしょう?」
「うんっ」
 子供たちが現れたせいでにわかに駐車場の中が親子たちの会話で騒がしくなる。自分の車のエンジンをかけて、ナビで店の検索を始めた実冴の背中に健太が声をかける。
「あのね、実冴さん。お昼、パスタ以外のものがあるとこがいいな。昨日の晩も三日前も、うちの晩御飯スパゲッティーだったから」


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