やさしいキスの見つけ方

神室さち

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ANOTHER DAYS

14 side夏清

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 身長、体重から、胸囲一つにしても背筋を伸ばしたり、少し前かがみになったり。正確な数値を出したいからって一箇所五回は採寸されるから、これ、全身やられたらくたくたになるんだよねぇ。
 お店の一番奥がフィッティングルーム。カーテンの向こうからは、あっち向いて、こっち向いて。手をあげて、おろして。背筋伸ばして、あご引いて。っていう天音さんの声。それを聞きながらその前のスペースにお茶を飲めるスペースがあるから、今日の私はここで待ってたら良かったんだけど。
「ありがとうございましたっ なんかもう、リカちゃん自分のことで手一杯みたいで相手にもしてくれないし、他の人間は誰も知らないって言うし。明日の模試どうしようかと思ってたんですぅ」
 テーブルに広げた問題集に解き方と解答を書き込みながらそう言うのは、キリカの妹の君香(きみか)ちゃん。これがキリカに全っ然、似てなくて、ちっちゃくてかわいくて素直でいい子なのよう。三つ違いだから、こっちは来年高校受験。
「いいよ。でもたった三年しか違わないのに、問題難しくなってる気がする」
「マジですかぁ?」
 私の言葉に、君香ちゃんが泣きそうな顔をする。
「大丈夫大丈夫。高校なんか寝てても受かるから」
「それは夏清ちゃんだからだよぅ」
「だって、君香ちゃん新城東でしょ? キリカが受かったんだから受からないわけないって」
「だから!! だからですよ。リカちゃんなんか、ホントに高校受験、家で勉強一つもしてなかったんですよ? ずっと遊んでたんですよ? そのリカちゃんが受かったのに、私が滑ったら……シロちゃんも最初岐津(きづ)校受けるって言ってたのに、この間、突然新城東にするとか言い出すんだもん」
 うわー……なんかブルー入ってるなぁ……
 キリカのうちは四人兄弟で、キリカの上にお姉さんが一人と、下に妹の君香ちゃんと輝志郎(きしろう)くんって言う弟が居るんだけど、この下の二人、君香ちゃんが四月、輝志郎くんが二月生れの同級生。
 君香ちゃんにしてみたら、弟なのに同列扱いで、しかも男の子だから物心ついたころから身長は負けっぱなしで体力も敵わず、見たわけじゃないけど成績も輝志郎くんのほうがいいらしくて、自分でどんどん袋小路に入っていこうとしてるのよねぇ。ちなみに、岐津高は隣の市の、新城東と比べたらほんの少しランクが高い、って思われてる高校。実際そんなに変わらないと思うのだけどね。どちらも公立高校なんだし。
「そんな考え込まなくても。まだまだ先のことじゃない」
「まだまだ先だと思ってたら、もう中三で夏休み終わっちゃってるんですよー? あっという間ー」
「あっという間なのは、それなりにちゃんと充実してたからだろうし、さっきの問題も、ちょっとしたヒントで答えが分ったでしょう?」
「………それはー……なんていうか、閃いたというか……勘があたったというか」
 上半身をテーブルの上にぱったりと伏せて君香ちゃんがごにょごにょと歯切れの悪い言い方。なんか、考え方が悪い方へ悪い方へ向かってるよ。
「閃きとか、勘って言うのはね、全然根拠がなく思い浮かぶものじゃないんだって。それまでの知識の集大成みたいなものに、突然ショートカット……近道ができることらしいのね。意識して覚えたことにしろ、無意識のうちに頭に入ってたことにしろ、本当に知らないことに勘なんか働かないの。だからね、君香ちゃんはちゃんといろんなこと覚えてるってことなんだよ」
「ホントですか?」
「うん」
 多分。
 先生の受け売りだから、もしかしたらウソかもしれない。でも気休めは必要だよね。
「そうやって積み重ねたら、絶対大丈夫だよ」
「よし。じゃあとりあえず、明日、ガンバリマス」
 うん。立ち直ったかな?
「そうそう。分らないことあったら気軽に聞いてくれていいから。陰ながら応援してるのよ」
「できればひなたで応援してください」
「わかった。じゃあキリカより優先してあげる」
「やったー」
 うんうん。かわいいなぁ。妹ほしいなぁ。
 無邪気に笑って両手を上げてる君香ちゃんの向こう、フィッティングルームからなんだか疲れきったような樹理ちゃんが出てきた。
「おつかれさまー」
「あ、おつかれですぅ。あたし、なんか飲むもの取ってきますね」
 席を譲るようにいそいそと君香ちゃんが立ち上がって奥に消える。
「採寸って、こんなにするものなの?」
 さあ? 普通はしないのかもね。首周りとかも採られるから。ココ。
「終わったと思ったら、同じように何回も……夏清ちゃんもした?」
「したした。もうぐったりでしょ。今のデータ全部パソコンに入れて、体の立体パターン作るんだよ」
「ああ、それはママの趣味みたいなもんだから……」
 氷の浮かんだ烏龍茶のグラスを置きながら君香ちゃんが笑う。
「趣味?」
「うん。若い女の子のデータ集めるのが。このお店自体趣味みたいなカンジ?」
 君香ちゃんの、語尾が上がる、いまどきの女の子な疑問形の肯定に、樹理ちゃんがまたなんだか、考え込むような顔をした。

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