やさしいキスの見つけ方

神室さち

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AFTER DAYS 終わらない日常

04-A 滝本秀平の視点

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「悪い、遅れた。もう始まってる?」
 インクが生乾き状態のクラス会の案内を草野が持ってきたのが卒業式のあった日の夕方。男子全員に配るように強要されて、他のヤツと手分けして配らせてもらいましたよ。その日のうちに。
 人のスケジュールの確認は頼むからそう言うの作る前に聞いてくれ。おかげで昨日合格発表を見て、その足で不動産屋回って、今日の午前中に四月から住むアパート見に行って決めて、飛行機は午後イチの長崎発羽田行。母親に『どうしてそんなに急いでるの?』とか、いらない詮索されながら必死で帰ってきたのに。
「ううん。まだ。キリカも夏清ちゃんも来てないから始まらない」
 なんだそれ? 会場は自宅から自転車で通常なら二十分、今日は急いだから十二分……の場所にあるコミュニティーセンター。最初のテンションに乗り遅れまいと亜光速でチャリ漕いで来た俺の努力は?
 買出しのお菓子や飲み物を運ぶために玄関まで降りてきた女子に聞くと、そんな返事。草野の威力かクラスの女子の、渡辺の呼び方はいつの間にか『委員長』から名前になっていた。但し彼女を呼び捨てにできるのは草野だけらしく、ほかはみんな『ちゃん』付けだけど。
「めずらしいな。その二人が遅いなんて」
 草野はこういう事は率先して旗を振る仕切り魔だから、予定時間きっかりに現れるし、渡辺はただ参加するだけのクセに大抵一番初めに会場にいる。
 女の子にだけ荷物を持たせておくのはなんとなくヤな感じだから、重そうなのを選んで代わりに持って二階の会場に入ったら、ほとんど全員に近いメンバーがすでに揃ってる。
「どうする? 先に始める?」
 時計はすでに案内にあった四時を十分くらい過ぎている。どうしてそんな中途半端な時間からはじめるのかというと、この会場が未成年者のみの利用は午後八時までだから。
 そうしようかと答えようとしたとき、廊下から半泣きみたいな渡辺の声が聞こえる。
 なんだなんだとみんなドアに注目。なだれ込むように入ってきたのは草野と渡辺。
「あーいむ、ういん」
「ウソつかないでっ! 私のほうが早かったわよ」
「……ナニやってんだ?」
「え? 負けた方が今日の会費おごるの」
「勝手にキリカが言ってるだけでしょう? それにここまで送ってきたのは誰!?」
 その割に、本気で走ってきたんじゃないのか? 渡辺。
「先生、の車」
「いきなり車道に飛び出して!!」
「違うって。チャリのチェーンが外れたんだってば。そこにたまたまキミ達が通りかかったから」
「だからって飛び出さないで。本気で怖かったんだからね。大体どうしてあの時間にあんなところにキリカがいるの?」
 ぎゃんぎゃんと興奮した様子で怒鳴る渡辺と、全然悪かったなんてこれっぽっちも思ってないらしい草野。こんな風になってる渡辺は初めて見るかもしれない。
 つまり、草野のチャリが壊れて、会場に向かっていた二人に拾われたってことか?
「ちょっと待て草野、オマエのうちこの会館の真裏だろう」
 そう、真裏は商店街で、草野の家はそこで商売をしてる。自分の家に近いからココに決めたに決まってるのに、どうして草野がチャリに乗ってるんだ?
「ちょっと行くトコあってさ。ところでみんな集まってる?」
 聞かれても、俺もさっき来たばかりだから分らない。他の女子が『来てるよ』と答えているところを見ると、本気でクラスみんないるのか?
 遅れて来たくせにちゃっちゃと話題を逸らして仕切って飲み物が全員に行き渡ったことを確認した草野が、テキトーなことを祝して乾杯の音頭。その手際のよさはなんなんだ。
 始まって、まず俺の隣にいた渡辺の周りに人垣。集ってるのは女子ばっかりで、男子は死んでも近づけない雰囲気。隣にいたのにいつの間にかはじき出されてた。こういうとき、女子って強いよな。
 背の高い草野と渡辺にわらわら女子が集ってる。文字通り這い上がるみたいに。女同士で抱きついてても絵的に平気。これを男同士でやると気持ち悪くてたまらない。見てるほうが。
 甲高い声で、いつから? どうして? と矢継ぎ早な質問が容赦なく飛んでいる。会場の人間全員、渡辺の答えに集中。そんな異様な空気に呑まれているのか当の本人は引きつった笑みを浮かべたままぼそぼそと答えている。周りの歓声に消されて、聞こえにくい……細切れに聞こえる声から推察するに、そのあと式上げたんだって。写真も持ってきてるって。一枚だけー? とか悲鳴が上がってる……見たいけど見れないだろうな。
 近くにいても仕方がないので、少しはなれたところにいた、同じクラスの女子と付き合ってる茅家(ちがや)にあとで聞いて教えてくれるように頼む。本当に、どうしてあんなにムダにパワーがあるんだろう。あのエネルギーを他の何かに使えたら、ものすごくエコロジーに貢献できそうだ。
「しっかし。まだ信じられん」
 コーラを飲みながら女子のカタマリを眺めていた茅家がぼそりとつぶやく。それはみんな同意見だと思うぞ。
「俺、渡辺さんと井名里は絶対仲悪いと思ってたし」
 それも。
「大体、どこがいいんだ?」
 それも。
「それはほら、蓼(たで)食う虫もって言うでしょ?」
 いつの間にか女子包囲網から抜け出してきたらしい草野が隣にいる。図体でかいのに、どうしてそんな突然現れるんだ。
「それよりさ、いいもんゲットしてきたのさ」
 ものすごく邪悪に笑って、草野がリュックの中から写真屋でもらえるポケットアルバムを取り出す。
「全部もってこいって言わなかったから、多分写真に先生の検閲はいると思って、別ルートから入手しました」
「別ルートって……」
「結婚式に行ってた人。今日カスミに逢うって言ったら渡してねって。預かったの。すげーおもしろいよ」
 それは、本人より先に見ていいのか? なんていいながら、覗き込んでるんだけど。


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