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AFTER DAYS 終わらない日常
03 塩野真由子の視点 2
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「なんで井名里先生がここにいるんですか?」
四時限目の半ば過ぎに購買でお昼買って帰ってきたら、なんでかいるの。保健室に。鍵かけて出たと思ったのに、開いてるからかけ忘れかと思ったら、ちゃっかり職員室にある置き鍵使って入り込んでるの。井名里先生が。生徒と雑談するために広いテーブルおいてあるのね。携帯灰皿片手にそこでタバコ吸ってるの。
私は別に構わないんですけど、禁煙ですからね。ここ。
「ちょっと外野がやかましくて」
禁煙! って言ったら、まだつけたばっかりのタバコを消して、苦笑しながら井名里先生がそう言う。
「当たり前ですよ。自分がなにしたかおぼえてないんですか? 井名里先生は『魔法』が使えたら不問になったみたいですけど、悪くしたら懲戒免職ですよ、免職」
本当に。私としたことが迂闊だったわ。渡辺さんの保護者の名前。どこかで聞いたことがあるような気がしてたのよ。教育関係出版社の中でも最大手の北條総研に繋がってるんだもの。世の中の北條さんがみんな親戚って事はないから、気にも留めてなかったけど探したらあったわよ、三十年くらい前にでてた教育心理学の走りみたいな本の発行者欄に。ちゃんと渡辺さんの今の保護者の名前が。
しかも、今朝のニュースで『イナリ』って言うからなんだろうって見たら、画面に写ってる人がこの目の前の人にソックリ。やられたって思ったわよ。どう見ても血縁。それが最大与党の新しい幹事長だよ。このくらいのことなんか、平気でなかったことにできちゃうわよ。
「ほんとにもう。政治がらみと教育関係にコネがあるなら、怖いものないですよね」
同じ事、私がやったら絶対そのまま社会的に抹消されるわ。勝算のない勝負、かけるつもりもないし。井名里先生もそうなのよね。負けるケンカは買わないし売らないタイプ。しかし。この世の中、絶対大丈夫だからできる非常識ってそうそうないよ。
「北條は察しのいい人は気付くかと思ってましたけど、よく知ってますね、あんな地味な政治家」
「なに言ってんですか!? アレが地味? 家と連絡とってないんですか? 今朝のニュース見てないんですかっ!!」
「ウチ、テレビないんですよ」
あ、こりゃホントに知らないみたい。未明の交代劇とか言ってたし。ニュース。
「お昼のニュースでもやると思いますけど、新しい幹事長に就任してますよ。今朝。私はだから校長とか黙っちゃったんだと思ってました」
親切に教えてあげたら井名里先生、右手口元に持っていって考えるポーズ。ブツブツと『だから逃げてたのか』とか。
「あっちはあっち、こっちはこっち。今回のはあっちに頼らなくても収まりましたから」
別に関係ないって感じで井名里先生が言う。私がテーブルにお昼ご飯、おにぎり三個とレタスサラダだけどさ。今朝ニュース見てたら時間なくなっちゃってお弁当作れなかったから。おにぎりおいてご飯食べるよって示しても、全然どこかに行こうって気はないらしくて、くつろいだまま。
仕方ないから井名里先生の分のお茶も淹れて、自分のお昼ご飯タイムに突入……したのはいいんだけど。
「………食べ、ますか?」
ううう。黙ってられると怖いです。タバコ吸っててもらったらよかったかも。シャケとたらことツナマヨのおにぎり。一個なら差し上げますよ……
「じゃ遠慮なく」
遠慮して。
迷わずにツナマヨとって上手にノリ残さずにパッケージを引き抜く。
「なにか?」
「え、あー……なんとなく、井名里先生とツナマヨが繋がらなかっただけです。気にしないで下さい」
指が長いから上手に剥けるの? 関係ないか。私なんかいつもカドのノリが一箇所は残るのに。
「井名里先生、もしかしてマヨラー?」
「ああ、なんにでもマヨネーズつけて食べるっていう?」
「そうそう。なんでもかんでもマヨネーズかけて食べちゃう人のことです。すごいですよ。イチゴにもかけて食べてますから」
保健室でお昼をする子にも一人いてね、マイマヨネーズ、持参なのよ。
「それは、不味いでしょう」
「死ぬほど不味かったです」
ホントにね、一瞬。井名里先生、おにぎり三口くらいで食べちゃうの。人が買ったものなんだからもうちょっと味わって食べようとか思ってください。
「嫌いじゃないですけどね。味見てから調味料足さないと夏清がえらい剣幕で怒るから、最近はやたら醤油やマヨネーズかけたりはしなくなりましたよ」
「……ノロケるなら、他でやってください」
それこそイメージじゃないです。怖いから思い出し笑いとかもやめて下さい。
「仕方ないでしょう。塩野先生以外まともに聞いてくれそうな人いませんから」
聞きたくない。私も聞きたくないです。
「もしかして、井名里先生、ずーっと誰かに言いたくて言いたくてうずうずしてた、とか?」
言葉の返事代わりに井名里先生がニヤリと笑う。そうそう、そう言う含みのある笑い方の方が似合ってますから。落ち着く。
「確かに、渡辺さんみたいな子なら、自慢もしたくなるでしょうけど。本当にもう、言わなくて良かったと思ってますよ」
「なにをですか?」
「知ってるってことを。ずっとどうしようかって思ってたんですよ。でも私がわざわざ『味方ですよ』って言わなくても割合なんとかなってるみたいでしたから、あの時まで。言ってたら一昨年の時点からこんな風に井名里先生にターゲットにされてたでしょう?」
「まさか。しませんよ。こんな目立つことしすれば噂になって絶対夏清の耳に入るでしょう」
井名里先生と同時に開けたのにまだほとんど食べてないシャケのおにぎりかじりながらそう答えたらいけしゃあしゃあと返されちゃった。そうですか。結局渡辺さん中心でまわってるわけですね。井名里先生の世界は。
「今は構わないんですか?」
「一過性ですよ。はしかと同じで。新年度の新学期になれば、新しい先生が来て新しい話題が出て落ち着きますから」
井名里先生の言葉と四時限の終わりを告げるチャイムが重なる。今、やたらと『新しい』こと強調しました? 確かにそうですけどね。新しい人が来たら、話題はそっちに逸れがちになりますわよ。ああ分った。だから蒸し返すなって事ですね。新学期になったら黙ってろと。ふーん。そうですか。別に言いふらして歩こうとか思ってないですけど。
「ってことは、今学期中は来るって事ですね」
お昼休みになったら生徒が来ることを理由に追い出してしまおうと思ってたら肯定も否定もせずに自分から立ち上がってる。
察しがいい人ってイヤだわ。嫌がらせもできないじゃない。
「あ、そうだ」
ドアを開けて、井名里先生が振り返る。なんですか?
「塩野先生、語尾のばしてバカ装うの、やめたんですね」
え?
「今、普通でしたよ。口調」
げ。気付かなかったよ。ってか、捨てゼリフ!? いつもの含みのある笑みをセリフと一緒に残して井名里先生はドアを閉めて行ってしまう。
「あーもう、別に。井名里先生相手にネコ被ってても仕方ないですからねっ」
聞こえてないし、見えてないだろうけど、人差し指立てて捨てゼリフ返し。
どうせ修行が足りませんよ。
えへらっと笑ってバカっぽく。そうしたら大概の男はこっちの言うこと聞いてくれるんだもん。生徒だろうが先生だろうが。そう言えばそれ、井名里先生にはやったことなかったなぁ無意識に通用しないってわかってたのかしら、自分。
そんなどうでもいいこと考えながらたらこのおにぎりのパッケージを開ける。うーん。やっぱり熱でくっつけた部分、開いてからじゃないとノリが残るよ。どうやったら上手くいくのか、今度来たら聞こうっと。
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