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キス xxxx
4-3 過去
しおりを挟む「あ、もしもし? コウちゃん? うん。居た居た。あっちはほっといて私は帰るわ。井名里の家に寄って車とってからだから、四時間……五時間くらいかかるかしら。うん。土産、なんかいる? 漬物? もっとなにかかわいらしいもの……分かったわよ。そうね。確かに私、いつも帰ったらお茶漬け食べるけど」
区画された墓地の中を、電話をかけながら実冴が車に戻る。
「あの二人? さぁ……適当に帰ってくるんじゃないの? え? 学校に連絡……しといてくれたの? 珍しく気が利いてるわね。……ああそう、お母さんにするように言われたわけね。だと思ったわ」
一瞬でも褒めて損をしたとでも言いたげな実冴の口調に、電話の向こうの公が抗議するのを電話を離してやり過ごす。
「え? なに?」
トーンが変わった公の声に、あわてて実冴が電話を耳元へ戻す。
「…………なに言ってんの。平気。泣いてるわけないでしょ」
なにバカなこと言ってるのと言いながらそれでも目盛りひとつ気持ちの温度が上がったような、そんな心地よさ。自分さえ気付かなかった気持ちの揺らぎを見つけて、実冴が一つため息をつく。
「うん、なるべく早く帰る。子供よろしくね。はいはい大丈夫だってば、井名里の家の運転手つきだから。ん、じゃあね」
会話の終わりの言葉。
「あ、コウちゃん。ありがとうね」
公からの返事をさえぎるように、実冴が言葉を続けて、電話を切る。
「しっかし」
苦笑して広大な墓地を振り返る。わざと新しい雪を踏む。きしりと立つ音を楽しみながら。
「よくもまぁ都合よく、雪なんか降ったもんだわ」
おそらく一度も迷わずに、たどり着いたのだろう。何度も来たことのある実冴でさえ、迷いそうになりながらでないとたどり着けないあの場所へ。どんよりと鉛色の雲を流しながら沈黙を守りつづける空に向かってつぶやく。
「誰の差し金か知らないけど」
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