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キス xxxx
4-1 過去
しおりを挟むあちこちぶつけてぼこぼこになっていた赤い車はどこかに移動されて、開けた玄関の前には深い紺のセダンが止まっていた。当然のように開けられた後部シートへのドアをくぐって乗り込んだ実冴に続いて乗ると、やはり当然のように外に立った男性がドアを閉める。
「出して。とりあえず外環」
運転手にそれだけ言って、実冴が携帯電話を取る。かけた相手は公で、やはり井名里が帰っていないことを確認すると、有名すぎて拍子抜けするほどメジャーな避暑地を行き先に指定した。
「あー!! がっ!」
電話を切って実冴が意味不明のうめき声をあげ、柔らかいシートに沈み込む。
「もう、もうもうもうもうもうっ! バカばっかり!!」
整えた髪が乱れるの構わずに頭をかきながらそう言って、実冴がため息をついた。
「………ごめんねぇ黙ってて。って言うか、私が言っちゃうのは反則なんだわホントに。礼良君もそろそろ全部言うつもりだって、ウチのお母さんには言ってたんだけど夏清ちゃんの受験終わってからの方がいいかなって話になっちゃってたから……」
やっぱりまだ聞いてないわよねと、実冴が苦笑する。
「兄弟、だったんですか?」
やっとそれだけ言えた夏清に、実冴が両手を合わせて再びゴメンナサイという。
「だったって言うか、うん。一応片親繋がってるの。優希ってのは私の兄。双子のね」
どーしようもない人なんだけどと付け加えて実冴がため息をつく。
「いろいろめんどくさい家なのよ。北條も井名里も」
それだけ言って両手を上げる。降参とでも言いたげに。
「ごめん。私から聞くより礼良君から聞かなきゃいけないことばっかりだもの。だから聞かないで」
ため息をひとつ。そして車内は静寂に包まれた。
「夏清ちゃん? 大丈夫?」
静かで乗り心地のいい車内で、昨夜一睡も出来ていなかった夏清はいつのまにか眠っていた。声が届いて、揺り起こされる。目を開けると景色が全て入れ替わっていて、一瞬どこにいるのか分からない。
遠くの山にはすでにしっかりと雪が積もっていて、道路こそないものの、路肩にもうっすらとよごれた雪が溜まっていた。それを見ただけで、気温など変わらない車内にいるのに寒くなったような錯覚をおこして夏清の体が反射的に小さく震えた。
「ああ、もうすぐ。あと三十分くらいで第一候補につくわよ」
目を覚ました夏清に気付いた実冴がお茶のペットボトルを差し出しながら言う。
「起こしてごめんね。なんか、ヤな夢見てそうで」
「いえ……」
目がさめた瞬間忘れてしまったけれど、とても嫌な夢だった。目がさめた瞬間、夢でよかったと心の底から安堵した。
サービスエリアに止まって買ったらしいお茶も少しぬるくなっていた。けれど確かにとても喉が渇いていて、空っぽだった胃に香味を含んだ液体がはいっていくのが分かる。
「四ヶ所くらいあるのよ。行きそうな場所。一番いそうなところから回るけど、いなかったらごめんね」
高速を降りてから、実冴が指示する通りに車が走る。絵に描いたような別荘地を抜けて、写真でしか見たことのない外国のような木立の続く道を。
不意に、続いていた木立が途切れる。意図的に切り開かれた、一面に雪の残った閑散とした駐車場。引かれた轍の向こうに一台だけ止まった車。
「ちょっ……!! 待ちなさいって」
まだ走りつづける車内から、それ以外何も見えなくなった夏清が叫んでドアに手をかけるのを実冴が慌てて止める。その様子に運転手が急ブレーキをかけたものの、車が止まりきる寸前で、体を捩って実冴の拘束を外して夏清が飛び出してしまう。
「ぎゃー もうっ!! 怖いからやめてそう言うことは!! あっ! ちょっと待ちなさいって! ココめちゃめちゃ広いのよっ 案内がないと迷子になるから……って………本気で全然聞いてないわね」
開けっ放しになったドアの向こうへ夏清の背中がどんどん小さくなっていく。あわてて車から降りて白い地面を見れば、ゆっくりと歩いた歩幅の大きな靴跡と、それを二つ半飛び越えるような勢いで続く、真新しい小さな靴跡。
「……とりあえず、これなら迷わないわね」
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