やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キス xxxx

3-5 歌

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「って、ここ?」
「そう、ココ」
 来客用らしき駐車スペースに車を入れて、降りてその建物を見上げる。
 白亜の外観。窓のとり方や防火壁の位置から、おそろしくゆとりを持って一つの『家』が形成されている。高級マンションが立ち並ぶこの地域でもひときわ大きくてきれいなマンションだ。しかも、ここはもう『県』ではなく『都』だ。『区』ではなく『市』ではあるのだが。


 北條のビルもそれなりに大きいし、彼女が一人で住むにはあの家はとても広いだろうがその比ではない。バカほどでかい。という表現がぴったりだ。
 口をあけて見上げている夏清に井名里が苦笑する。
「こっちに来るのは初めてか、そう言えば」
「うん。お金持ちだろうなとは思ってたけど、ここまでとは」


 最初のころ、夏清は本当に実冴が何をしているのか全く見当もつかなかった。北條の家に行けばほとんど必ずと言っていいほど入り浸っていて、仕事をしているそぶりもなく、何台も携帯電話を持っていて、よく電話がかかってきては平日だろうが子供を連れて泊りがけで遊びに行ってしまうような人である。
 そのうち書き物というか、コラムや地元の飲食店の紹介などの仕事をしていることを知ったが、それとて遊びの延長のようなもので大した稼ぎになっていないようだった。


 北條が倒れたとき、別れた旦那、つまり公を使ってヘリで四国から帰ってきた、と聞いたあたりから、これは住む世界が違うのかもとは思ったが、去年の今ごろ『ヨリ戻しちゃったわ』と笑って紹介された公は、夏清でも知っている大手商社の副社長だった。
 六月の一件後、夏清がいなくても北條家に……実冴のところに遊びに行っている草野によると実冴の身の回りのものはほとんど全て高級ブランド品なのだそうだ。別段華美ではないが、さりげなくコーディネートされているらしい。


 使っている化粧品のメーカーを聞いた草野が、夏清も知っている有名な女優の名前を出して、あの人とおなじ? と聞き返していた。実冴が笑って、一度いいのを使うと落とせなくてねぇ と言っていた。夏清たちのような普通の女子高校生は、俗に『コンビニコスメ』と呼ばれる三八〇円の化粧品でさえ一つ買うのにどうしようか悩みまくるのに、彼女が使っている化粧品ひとつの値段で、そんなレベルのものなら棚ごと買えてしまうのだろう。
 なれた様子でセキュリティを抜けて、井名里がエレベータの前を通りすぎてしまう。どうしてと聞く前に、エレベータホールの一番奥のドアの前で、先ほどのセキュリティと同じような数字盤を押す。


「ほれ、閉まるぞ」
 言われて慌てて乗り込む。
「これって、もしかしなくても」
「専用機だ専用機。あいつらペントハウスにすんでるからな」


「じゃあやっぱりここも、実冴さんの?」
「モトは公のだ。バブルがはじけたあとすぐくらいはこう言う物件が叩き売りに遭ってたからな。今はさすがにそう言うのはなくなったらしいけど」


 手切れ金と子供の養育費と言う名目で、公の持っていた都内とそのベッドタウンとなる地域の不動産はほとんどが実冴に譲られたのだと言う。それを聞いて、道理で仕事もしなくてもゴージャスに生きていけるわけだと納得する。
「そんなもんなくても充分売るほど金なんかもってるけどな。あの女。前に公が言ってたけど、さかのぼったらどう考えても小学生って歳のころから『財テクなら北條の実冴』って言われてたらしい。カネだけじゃなくて人脈もすごいぞ」


 到着を知らせる軽い音が響き、エレベータのドアが開けばすぐそこが玄関だった。夏清が祖母と暮らしていたあの家より、ずっと広い。
 着いたことは下のエントランスで既に告げているので、そこで待ち構えていた双子達が早く早くと手を引いて中に招き入れてくれる。


「おお、いらっしゃい。今日はね、カニよカニ。松葉ガニ。北陸でとれた本物の近海モノ。やっぱり冷凍より生のほうがおいしいわよ」


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