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キス xxxx
3-2 歌
しおりを挟むそして十月も半ばに入ったころ、やっと北條が学校に来た。この時は、学校側の人間は高橋と井名里だけではなく、応接室に校長と教頭までいた。
既に説明も三度目で、ややつかれた様子だったがそれでも高橋は懇々説々、これまでで一番まともに話を聞いてくれそうな人物に学校側の意見を述べた。
とにかく、夏清に考えを改めてくれるよう保護者からも説得してほしいと言う高橋の意見に北條が困ったように微笑んだ。
「私も、彼女にはいい大学を目指してもらえたらとは思います」
やっと学校側の意志が通じたと高橋の顔に赤みが戻る。
「でも、大人のエゴで子供を振り回すのは、どうかと思うんですよ。彼女が選ぶ道は、必ずしも間違っているとは限りません。別に、何か社会に対して反することを望んでいるわけでもないですから私は彼女の意志を尊重したいと思っています」
しっかりと学校側のエゴだと言われた高橋が少し怒ったような口調で北條に反論するが夏清が聞いていても、北條の言っていることの方が正しいと思えるくらい、高橋の反論は整合性が取れていなかった。
血がつながらないからといって、少し放任が過ぎるのではと言った高橋に、夏清が反応した。立ちあがった夏清を制したのは北條だった。なにも知らないくせに、何を言うのだろうこの人は。歯軋りしてイスに戻った夏清に微笑んでから、北條が高橋に向き直った。
おとなしく座った夏清にお前は黙っていろと言いたげな視線を送ってから、高橋が厭な笑みを作って北條に言った。
「渡辺さんの将来を考えるのならば、現時点で可能な一番よい道を示してやるのが大人の責任ではないですか?」
この期に及んで『夏清のため』と言い放つ高橋に、北條がため息をつく。
「それが、大人のエゴです。彼女の将来も、確かにとても大切ですけれど、彼女の今だって同じくらい大切なはずです。彼女のことを考えるのならば、私は今すぐにでもこの学校を辞めさせて、他の高校に転校させるか彼女に大検を受けることを勧めますわ」
キッパリと言いきられて、高橋が何も言い返せなくなる。慌てた教頭が、矛先を井名里に向けた。担任の先生からも何か言ってください、と。
そう言われて井名里が、気の乗らない様子で口を開いた。
「なにか、といわれても……一番最初に説得に失敗した人間ですから」
意見を求めないで下さいと言ったあと、ああそうだ、と続ける。
「高橋先生、人の出た大学をクズみたいに言うの、止めていただけませんか? 耳が痛くて」
本当に耳を触りながらしれっとそう言い放った井名里の台詞に、今度こそ夏清がイスを蹴立てて立ちあがる。
「ウソ!? 先生あの大学でたの!?」
「知ってたら止めたか?」
「…………やっ……止めません!! 絶対意地でも行ってやる!!」
わなわなと肩を震わせている夏清を見て、視線を高橋と教頭に戻して、井名里が言った。
「すいません。やっぱり失敗しました」
言葉とは裏腹に悪びれた様子もなく、しかも全くすまなさそうではない態度のままの井名里に、誰もなにも言えなかった。これ以上その大学に行くな、と言える雰囲気ではなくなった。
校長の盛大なため息が、全ての答えだった。
話し合いはそこで終わって、忙しい時間を割いて来てくれた北條を井名里と夏清が来客用の玄関まで送った。
靴を取り出した北條が、堪えきれないといった様子で笑い出す。
「全く、あなたもよくあそこであんなウソが……」
その言葉に、え? と夏清が井名里を見上げた。
「先生、出た大学って」
「ああ、全然別」
礼良君の大学はね、と北條が言ったのは都内の、夏清が行こうとする地方大学よりもずっとレベルの高い大学の名前だった。
「なっ! ……先生、バレたらどうするの」
「その時はな『俺と同じ大学なら行きたくないって言うかと思って』って言えばいい」
つまりそれは、自分と同じ大学だといえば夏清が絶対に行くと言うことを見越してのセリフだったわけである。はめられたのは高橋達だけではなかった。
握りこぶしを作って言葉をなくしている夏清を北條が笑ってなだめた。とにかく学校側は諦めてくれたのだからと。
そう言われても釈然としなかった。なんだか喜んでしまった自分が悔しくて。
「変えるか? 志望校」
上目遣いに自分を見る夏清に井名里がおかしそうに言う。
「変えない! 絶対変えない!!」
地団駄を踏んでそう叫ぶ以外に、夏清は何も出来なかった。
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