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キス xxxx
3-1 歌
しおりを挟む「ねえカスミサン」
「なんですか? キリカサン?」
「ちょっと聞いていい?」
「聞くだけなら」
「うわ、聞く前からそれですかい」
「だってキリカが改めて聞くことって変なことばっかりだもん」
「ばっかりって……」
「ちがう?」
「……ちがいませんけどぉ」
問題集にネコとイヌとウサギを足して二で割ったような奇妙な生物のらくがきをしていた草野がふてくされたように言う。
時は四捨五入したら十二月、といってもいいくらいすぎた十一月、最終週。場所は井名里家のリビング。
「カスミ、ほんとに勉強してないでしょう? って聞きたかったの」
「してるよ。ほら、今だって。学校以外で一日二時間はやってるよ。おもに復習」
「うっわ。ムカツク。私なんか同じ大学行くのに寝ないで勉強してるってのに」
「それはね、コレまでの積み重ねの量が違うからです」
「わかっててもムカツクのっ! お願いだから志望校変えてよ、もっと難しいとこにっ! なんかもう私だけしんどい目に遭ってるみたいでイヤなのっ!!」
じたばたと暴れながら草野がわめく。それに応えずに夏清が立ちあがって、冷蔵庫からリンゴジュースを取り出して、二つのグラスに注いでテーブルに置く。
「いやよ。回り……っていうか、学校のほう説得するのにどのくらい時間かかったと思ってるの。最近やっと高橋先生も諦めてくれたみたいなのに」
時計を見る。そろそろ井名里が帰ってくる時間だ。テーブルに広げた、既に何度も読んで重点にチェックの入っている参考書を閉じて横にやり、ジュースを飲む。
地元の大学に通いたいと言った夏清に北條は『あなたがそうしたいのなら』とあっさりと許してくれた。公も『行きたい所に行くのが一番いいのかもね』と同意してくれた。一番最後までブツブツ言っていた実冴も夏休みが終わるころには何も言わなくなった。
二学期が始まって、井名里から学年主任の高橋に夏清の進学希望先が伝えられると、すぐに保護者が呼ばれた。
忙しい北條に代わってやってきたのは実冴で、自分だって散々反対していたくせに、夏清をよりレベルの高い学校へ入れる事が本人のためであるという大義名分を振りかざして学校側のエゴを丸出しにした高橋と全面対決の末、もの別れの大ゲンカをして帰ってしまった。
その次は、北條が来る予定だったのだが急な用が入って代りに公が来た。にこにこと笑って、高橋の言うことに頷く公に、言いたいことを言った高橋はこれで大丈夫だと思ったのだろうが、笑って頷いていても公が了解したわけではなかった。結局最後は『でも夏清ちゃんが行きたいとこに行かせてあげるのが一番だと思うんですよねぇ』という振り出しに戻った台詞を吐いて、やっぱりにっこり無意味に笑った。
氷川公という人物は、その育ちのよさと顔のよさでなぜか相手を安心させることができる不思議な生き物だ。軟弱そうな外見だが、結構頑固で融通が利かない部分が多い。相手がしっかり聞いてくれているものだと延々と喋っていた高橋は、なんにも聞いていなかった公に敗北した。
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