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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう
6-3 手紙
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「こんばんは」
バイトを終えて、上の階の北條の自宅に寄ると、いつものごとく実冴がいる。夏清のほうもひらひらした服を着替えて、おいてあったシャツとスリムジーンズを着ている。夏清がその服を着替えてしまうことを、実冴は大変残念がったが、白い服で子供の多いところにいると、いつどこで汚れるか分からない。
「おかえり。荷物はそれ。どうする?」
「うーん……」
受取人は、北條響子様方渡辺夏清。
差出人は、つい先日あったばかりの叔母だ。大きな箱と、小さな箱、合わせて二つ。
「小さい方、カナリ重いわよ。内容『紙』ってだけあって。開ける?」
「え、うー……明日、じゃだめかな? どの道一人でもって帰れそうにもないから、学校終わってから先生と来る」
何が入っているのか想像もつかない。一人で開けるのはなんだか怖かった。
「ここは構わないと思うわよ。売るほど広いわけじゃないけど、狭くもないから。そのくらいの荷物」
あっさりと実冴に許可をもらって、夏清があからさまにほっとする。
「ご飯持って帰るでしょう? 今日はね、日本海側の知り合いから今朝揚がったばっかりのトビウオと白いかが届いたの。刺身にしたから持って帰って」
フラフラしていていいかげんそうな実冴だが、料理はものすごく上手だ。刺身くらい簡単に捌いてしまうだろう。
「え? でもそれ、高いんじゃ……」
「いいのよん。タダで送ってもらったんだから。お裾分け」
いつものタッパに入った刺身と、キュウリの酢の物。かぼちゃの煮付け。
「急に呼んでごめんなさいね。学校の人たちといたのに」
晩御飯を受け取って夏清が玄関にいると、塾を終ったらしい北條が上がって来る。倒れたのが嘘のように、元気でぴんぴんしている。その後の精密検査の結果も全く問題なしだった。
「いいです。ご馳走にもありつけたし。月曜は三時でいいんですよね?」
「ええ。入ってもらえたら嬉しいわ」
「はい。どうせヒマだから。あ、明日私の荷物取りに来ます」
「ああ、あれね。いいわよ」
ありがとうございましたとお辞儀をして、夏清は北條の家をあとにした。
「開けます」
ごくり、と夏清が咽を鳴らして、カッターを浅く当てる。その場にいるのは実冴と井名里だけ。北條は塾の講師の集まりに出ていて留守だし、実冴の子供達は友達と市民プールに行っている。
興味津々と言った様子で覗き込む実冴と、対象的に夏清のとなりでソファに深深と沈み込んでいるのは井名里。べったりと夏清にくっつかれていたために腰が痛かったところに、このくそ重い荷物を運ばされて、もう動きたくないくらい腰の奥が重い。
「あ、これ」
クッションにはいっている新聞をのけて、出てきたのは輪ゴムでまとめられた、夏清の成績表。小学校の一年から、中学の三年まですべて。
更に、大きなアルバムが三冊、写真屋でもらうちいさなアルバムは、数えきれないほど。
「うわ。これすごいわね。夏清ちゃん小学校の頃から頭よかったのねぇ」
実冴が、小学校低学年の時の通知表を開けてしみじみとそう言う。先生からの言葉の欄には、優等生の夏清に対する賞賛の言葉が並んでいる。
「これ、全部私のだ」
アルバムを取り出したその下に、夏清名義の見知らぬ通帳と印鑑。あけてみると地代家賃と書かれた入金の数字が並んでいる。さらにどこかの司法書士の名前の入った封筒の中に、家の権利書が一式と、賃貸契約書の写し。
「じゃあ、大家代理って……」
叔母のことだったのだ。再び通帳を見る。毎月きっちりと少ないが入っている。
もう一つ、大きい方の荷物は、夏清の衣類だった。小学と中学の時に着ていた制服や、礼服。小学校も指定服があったので、ほとんど制服のようなものだった。
「おお! 夏清ちゃん中学セーラー服だったの!?」
広げてみていた実冴が歓声を上げている。
「そこにいる変態に着てくれって言われても着ちゃだめよ? 汚されるから」
「誰が変態だ誰が!」
真顔で忠告する実冴に、夏清が引きつった笑いを浮かべる。おそらくここにいた三人、同じことを考えていたのだろう。
叔母からの手紙も何も入っていないことに実冴が冷たいとか、常識がないとかぶつぶつ文句を言っていたが、おそらく入れられなかったのだろう。手紙を書けば、そこには詫びる言葉しか綴ることができなかっただろうから。
バイトを終えて、上の階の北條の自宅に寄ると、いつものごとく実冴がいる。夏清のほうもひらひらした服を着替えて、おいてあったシャツとスリムジーンズを着ている。夏清がその服を着替えてしまうことを、実冴は大変残念がったが、白い服で子供の多いところにいると、いつどこで汚れるか分からない。
「おかえり。荷物はそれ。どうする?」
「うーん……」
受取人は、北條響子様方渡辺夏清。
差出人は、つい先日あったばかりの叔母だ。大きな箱と、小さな箱、合わせて二つ。
「小さい方、カナリ重いわよ。内容『紙』ってだけあって。開ける?」
「え、うー……明日、じゃだめかな? どの道一人でもって帰れそうにもないから、学校終わってから先生と来る」
何が入っているのか想像もつかない。一人で開けるのはなんだか怖かった。
「ここは構わないと思うわよ。売るほど広いわけじゃないけど、狭くもないから。そのくらいの荷物」
あっさりと実冴に許可をもらって、夏清があからさまにほっとする。
「ご飯持って帰るでしょう? 今日はね、日本海側の知り合いから今朝揚がったばっかりのトビウオと白いかが届いたの。刺身にしたから持って帰って」
フラフラしていていいかげんそうな実冴だが、料理はものすごく上手だ。刺身くらい簡単に捌いてしまうだろう。
「え? でもそれ、高いんじゃ……」
「いいのよん。タダで送ってもらったんだから。お裾分け」
いつものタッパに入った刺身と、キュウリの酢の物。かぼちゃの煮付け。
「急に呼んでごめんなさいね。学校の人たちといたのに」
晩御飯を受け取って夏清が玄関にいると、塾を終ったらしい北條が上がって来る。倒れたのが嘘のように、元気でぴんぴんしている。その後の精密検査の結果も全く問題なしだった。
「いいです。ご馳走にもありつけたし。月曜は三時でいいんですよね?」
「ええ。入ってもらえたら嬉しいわ」
「はい。どうせヒマだから。あ、明日私の荷物取りに来ます」
「ああ、あれね。いいわよ」
ありがとうございましたとお辞儀をして、夏清は北條の家をあとにした。
「開けます」
ごくり、と夏清が咽を鳴らして、カッターを浅く当てる。その場にいるのは実冴と井名里だけ。北條は塾の講師の集まりに出ていて留守だし、実冴の子供達は友達と市民プールに行っている。
興味津々と言った様子で覗き込む実冴と、対象的に夏清のとなりでソファに深深と沈み込んでいるのは井名里。べったりと夏清にくっつかれていたために腰が痛かったところに、このくそ重い荷物を運ばされて、もう動きたくないくらい腰の奥が重い。
「あ、これ」
クッションにはいっている新聞をのけて、出てきたのは輪ゴムでまとめられた、夏清の成績表。小学校の一年から、中学の三年まですべて。
更に、大きなアルバムが三冊、写真屋でもらうちいさなアルバムは、数えきれないほど。
「うわ。これすごいわね。夏清ちゃん小学校の頃から頭よかったのねぇ」
実冴が、小学校低学年の時の通知表を開けてしみじみとそう言う。先生からの言葉の欄には、優等生の夏清に対する賞賛の言葉が並んでいる。
「これ、全部私のだ」
アルバムを取り出したその下に、夏清名義の見知らぬ通帳と印鑑。あけてみると地代家賃と書かれた入金の数字が並んでいる。さらにどこかの司法書士の名前の入った封筒の中に、家の権利書が一式と、賃貸契約書の写し。
「じゃあ、大家代理って……」
叔母のことだったのだ。再び通帳を見る。毎月きっちりと少ないが入っている。
もう一つ、大きい方の荷物は、夏清の衣類だった。小学と中学の時に着ていた制服や、礼服。小学校も指定服があったので、ほとんど制服のようなものだった。
「おお! 夏清ちゃん中学セーラー服だったの!?」
広げてみていた実冴が歓声を上げている。
「そこにいる変態に着てくれって言われても着ちゃだめよ? 汚されるから」
「誰が変態だ誰が!」
真顔で忠告する実冴に、夏清が引きつった笑いを浮かべる。おそらくここにいた三人、同じことを考えていたのだろう。
叔母からの手紙も何も入っていないことに実冴が冷たいとか、常識がないとかぶつぶつ文句を言っていたが、おそらく入れられなかったのだろう。手紙を書けば、そこには詫びる言葉しか綴ることができなかっただろうから。
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