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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう
6-1 手紙
しおりを挟むその次の週の金曜日。
例によって二人そろって寝坊して、その理由をお互いなすりつけあいながら支度をする。
新学期が始まる明日までに井名里の部屋にあるめざましを直すか買い換えるかしないとシャレにならない。もしも今夜もこの部屋に泊まるのなら、絶対自分の部屋にある目覚ましを持ってこようと心に誓う。
「お前、待ち合わせ十時じゃないのか?」
「いいの。市立図書館夏休みの間だけ朝八時からあいてるの、先に行って調べモノとかしたいから」
顔を洗い終わった夏清と入れ替わりで狭い脱衣所兼洗面所に入ってきた井名里が走って出て行こうとした夏清の腕を掴む。
「ちょっとまて、それで行くのか?」
「うん」
夏清が着ているのはこの間の白い服だ。
「着替えろ」
「えー? だってこの前に着た時、似合うって言ってたじゃない」
似合うのと、着て行っていい服は違う。
「ここも、ここも出すぎ。体前にしたら、中見えるだろうが」
二の腕と鎖骨を触って井名里が渋い顔をしている。自分の隣において見せびらかす分には構わないが、自分の居ないところでじろじろ見られるのが非常に気に食わない。
先日つけられた痕は、もうほとんどわからなくなってきていたので夏清的判断では平気レベルだ。それに、男物のタンクトップと違って、女物はそれなりに気を使って縫製されている。これにしても、襟ぐりは後ろに短いファスナーがついているので体に添ってぴったりしている。うつむいたからといって中が覗けるようなものではない。
「だって、草野さんのリクエストだもん」
「なんで草野が知ってんだ?」
「一緒に買ったから。見立ては草野さんだよ」
聞いて納得する。似合っても夏清はこんな服は買わない。
「………分かった」
夏清を離して井名里が自分の部屋に帰ってしまう。まさかへそを曲げて仕事に行かないとか言い出すんじゃなかろうか。この人は。
夏清の不安はさすがに的中せず、恐る恐る部屋を覗き込んだ夏清に、井名里が白いシャツをかぶぜる。
「う、わ」
「妥協してやるから上から羽織ること」
渡されたのは、ポリエステルなのかシルクなのか、やたらつるつるして光沢のある生地の半そでのシャツ。けれどどこからどう見ても、男物だ。
「着るの?」
「図書館なら冷房もかかってるだろ。絶対そのままだと寒いぞ」
言われて言葉に詰まる。確かに、市立図書館の自習室は誰の趣味だか夏はやたらと寒く、冬はバカみたいに暑い。
「………ハイ」
これ以上の妥協は無理だと、井名里の顔を見て悟る。しぶしぶシャツに袖を通した。
「まだ誰も来てないだろう? 近くまで送ってやろうか?」
玄関の時計はやはり出るとき八時半を指していた。二人でエレベータを待っているとき、井名里が思いついたように尋ねた。
どうせ学校までの通勤路にあるので、井名里は全く構わない。
「うーん。やめとく。もし誰かいたら困るし」
前回遊びに行ったとき、なぜか先に滝本が来ていた。それを思い出して、夏清は断る。
ポーン、と言う音ともにエレベータが5階につく。
「でもこれ、たばこくさい……お酒の匂いもする……あとは、香水?」
袖を顔に近づけて、匂いをかいだ夏清が不満げに言う。
「去年の夏ツレの結婚式で着ただけだ。クリーニング出してないけど」
夏清が慌ててシミがないか見ている。なかったようで、ほっと息をついているのが後姿でも分かって井名里が苦笑する。
「気をつけていけよ」
「うん。先生もね」
夏清は一階のエントランスから、井名里は地下の駐車場まで。
井名里を残して、夏清がエントランスに下りる。
「晩御飯、食べるよね?」
「あたりまえだろう」
夏清は一度も見かけたことがないが、一応管理人らしき人はいる。そこから見えないように買ってもらったむぎわら帽子を夏清がかぶり、どちらからともなくキスをした。
井名里が体を引くと押さえてられていたドアが、ゆっくりと閉まる。
小さく手を振る夏清が、細い窓に映ってすぐに見えなくなった。
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