やさしいキスの見つけ方

神室さち

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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう

4-4 故郷

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「なんでみんな、覚えてるんだろう。私のこと」
「それだけ地域がせまいってことだろ? ボーっとしてないでナビしろよ。さすがに墓までわからないぞ」
「あ、うん。そこ右」
 民家の間を抜けて、車幅いっぱいの細い路地に入る。さすがにゆっくりと進むと、すぐに立派な門構えのお寺の駐車場についた。
 寺の横の坂道を上がったところに、このあたりの檀家の墓がある。途中でおけに水を汲み、黙って急な坂を登った。
「ここ」
 立派な御影石に『渡辺家』と彫ってある。その横に、亡くなった人たちの名前を刻む石版。四人分の名前が、そこに刻まれている。
 花も立たず、誰かが盆に参った形跡はない。
 もっとも、あの親戚達にそんなことは望んでいなかったが。
 簡単に掃除をして、入るだけ花を入れる。入りきらなかった分は、下にある地蔵の前におくことにして、線香を上げて手を合わせる。
 心の中で、夏清は祖母に謝ることしかできなかった。どうして一度も来なかったのだろう。来ようと思えば、月命日だろうが、普通の日だろうが、ここまでくらいいつでも来れたのに。死んでしまったことは、頭では分かっていたけれど、それでもまだ心のどこかで思っていた。あの家に帰れば祖母が居てくれるような、そんな気がしていた。けれど現実は、いつからなのか、その場所は他人のものになっていて、夏清が居たときと同じ顔をしながら、違うものになってしまっていた。
 長い間目を閉じてそうしていて、顔を上げると同時に井名里も顔を上げた。どちらからともなく笑って、物を持って墓の前を辞した。
 途中にある地蔵の前に、残りの花を供えた後、坂道を下っていると、誰かが上がって来る気配がする。
 何か、悪態をついている若い男と、なだめている年配の女性と男性の声。
 隣を歩いていた、夏清が立ち止まった。井名里の後に隠れるように。
「…………っ!」
 井名里の腕が痛いくらい掴まれる。小さくて華奢な手のどこにこんな力があるのだろう、と言うくらいぎゅっと夏清が井名里の腕を掴む。
「夏清ちゃん」
 驚きながら、なんとかつぶやいたのは女性だけで、中年と若い男はなにも言わずに立っている。
 井名里の後に隠れた夏清に、若い男が、夏清の従兄があざけるように言った。
「見ろよ。別に母さんが心配してやらなくても、うまいこと男見つけて寄生して生きて……」
 井名里が、腕にしがみつく夏清を強引にはがした。
 従兄の言葉は、最後まで聞こえなかった。代りに、鈍い音が聞こえる。砂を吹いた道に、ひっくり返るように転がっている。
「なっ! いきなり何……」
 小柄な叔父も、同じようにセリフを最後まで言えずに地面にはいつくばった。二人の男を殴り飛ばした井名里が、右手をなでながら見下ろしている。
「いってー……なにす……」
 頭を振って起き上がろうとした従兄の胸倉を掴んで、更に、二度、三度と殴りつける。
 手加減なしで何度も殴り続ける。泣きながらやめてくれと懇願されても、井名里は止まらなかった。むしろ、更に力をこめているようにも見える。
「やめ、も……」
 歯が折れているのだろう、口の中が血でまみれていて、声がくぐもっている。
「やめてくれ! 殺す気か!?」
 振り上げられた井名里の手に、叔父がしがみついて止めた。あっけなく、井名里の一振りで叔父はまた地に落ちる。すでにぐったりした様子の従兄を捨てて、井名里がそちらを向くと、情けない声をあげて、這うように逃げようと、懸命に動いている。
「やめっ!!」
 逃げられないと観念したのか、卑小な態度で地面に額を擦りつけて、念仏のようになぐらないでくれ、とつぶやいている叔父を、井名里が見下ろす。氷のような瞳で。
 立ったまま何もしない井名里に、顔を上げた叔父の、媚びるような少し弛んだ安堵の表情が、すぐに固まる。
 上げた顔、額の直前に、井名里の靴底が見えただろう。
「お前らはやめたのか?」
「え?」
「夏清がやめてくれと言った時やめたのか? 違うだろう?」
 井名里の口元が、引きあがる。笑っているわけではない。怒りで、顔の筋肉が引きつっただけだが、かろうじて靴底から外れている叔父の左目には、井名里が凶悪に笑ったようにしか見えなかった。
「あ………あっ」
 恐怖に言葉が続かない叔父に、止めることもできなかった叔母に、その場にいるものに告げるように、井名里が低い声で言った。
「謝るなよ? 本当に悪かったと思うのなら絶対夏清に謝るな。お前らは『謝った』ことで救われるだろうが、夏清は違う。ごめんなさいといわれたところで許せると思うか? 本気で罪を償いたいのなら、一生夏清に恨まれ続けろ。一生許されないでいろ」
 呆けたように口をあけたまま座り込んだ叔父をそのままにして、井名里は夏清の手を引いて坂道を降りた。
 いつもよりずっと、強く握られた手。
 その大きさと、暖かさと、強さ。
 寺から借りていた桶を返して、そこで手を洗っている井名里の後ろで、夏清がこらえきれずに泣き出した。
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