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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう
1-3 友人
しおりを挟む途中、昼食の休憩を取る以外は、ほとんど動き回って遊びまわった。入場するのにお金の要るゲームセンターに最初こそ戸惑った夏清だが、同世代の人たちとぎゃあぎゃあ騒ぐのが、こんなに楽しいことだとは思わなかった。
「どうする? どっかでなんか食べてから、カラオケ行かない?」
ほとんど全てのアトラクションを終えて、同じ施設の中にあるいろんな店を見て歩いているうちに、あっという間に時刻は午後七時になろうとしている。日が長くなってきたので、時刻の感覚が少しずれていた。カラオケは別施設になるので数時間ぶりに外に出る。
「うーん……ちょっと電話していい?」
異論があるのは夏清だけのようだ。かばんをごそごそとかきまわして、携帯を取り出したその時、夏清の携帯がよく分からない音楽を奏で出す。初めて聞くそれに、夏清の動きが携帯を握ったまま止まった。
「すごい! 委員長!! それどこからダウンロードしてきたの!?」
「……知らない」
また勝手に着メロが変わっている。夏清が使っていた『トッカータとフーガ』は、すでに井名里の手によって削除されてしまい、彼の気の向くまま、知らないうちに着メロが変わっているのだ。
「もしもし?」
夏清のうしろで草野が、彼女たちが生れる前に放映されていたアニメのオープニングであり、非常に面白い番組だったことを力説しているが、草野以外のだれもそれを知らないところを見ると、恐ろしくマニアックなものなのだろう。
『あ、夏清ちゃん?』
「実冴さん? どうしたんですか? それってせー……の電話ですよね?」
『そうそう、「せ」の携帯』
慌ててごまかした夏清に、実冴が面白そうに肯定する。
『少し前から何回か電話かけたんだけど、圏外だったみたいね。今ねぇ、もう目の前』
「は?」
顔を上げると、確かに目の前に昨日乗ったワンボックスカーがウインカーを出して止まっている。
「やっほー!」
助手席のウインドウが開いて、実冴が顔を出す。車は彼女のものだが、運転しているのは井名里だろう。
「こっちに来てるって聞いたから、どうせだしみんなでご飯食べようと思って。迎えに来てしまったのよ」
携帯を持ったまま駆け寄ってくる夏清に、実冴が笑う。思った通り、運転席には色の濃いサングラスをかけた井名里がいる。
草野が近づく姿に、あ、さすがにヤバイ、とつぶやいて実冴がウインドウを閉じた。
「ごめんなさい。やっぱり私、抜けてもいいかな?」
「ってか、この状態でダメって言っても無理でしょ?」
言われて夏清が苦笑する。スライドドアが開いて、実冴のところのチビ二人が早く早くと夏清を急かす。
「いってらっしゃーい。委員長、また電話する」
「ほんとにごめんね。じゃあ」
夏清が乗りこみ、すぱんとドアが閉まる。
手を振る草野に双子も手を振っている。
彼女たちが見えなくなってから、井名里がイライラした様子でかけていた濃いサングラスをはずす。
「はずしちゃうの? もったいない。ホンモノのヤクザみたいで似合ってたのに」
貸していたサングラスを邪険に放られて、実冴が嫌味を言う。
「見えねーんだよ! もう薄暗いだろうが!!」
「視力落ちたのならメガネ掛けたら?」
「イ・ヤ・だ」
何故か井名里はメガネを掛けることをかたくなに拒む。今年の誕生日に免許の切り替えがあったらしいのだが、視力検査はカンで乗りきったというくらい、実は目が悪い。
「いいんだよ。大体見えたら」
「メガネ掛けたら井名里の親父殿とそっくりになるからやなんでしょ? うわ! 怖い。にらまないでよ、前向いて。もう言わないから。しょうがない、帰りは運転代ってあげるわ」
「………行きも運転しろよ。なんでいきなりワンボックスに替えるんだ?」
「替えたわけじゃなくてちょっと衝動買い。前のもちゃんとあるわよ、あれもおきにいりだもの。それにいいわよ広いし子供も自由に転がれるでしょう? あんたこそあんなおっさんみたいな車やめてこう言うのにしなさいよ」
「だれがするか。こんな車にしたら、顧問でもない部活の遠征に使われるだろうが」
それを聞いて、思い出すと、確かに体育会系のクラブ顧問はほとんどワンボックスに乗っていることに思い至る。と言うより、電車通勤と車通勤が半々の新城東高校の男性教師の中で、セダン系は校長と井名里くらいかもしれない。
「ガタガタ言ったらぶつけるぞ」
「やってみなさいよ。請求書はアンタにまわすから」
「誰が払うか」
前で漫才が繰り広げられている。後ろのシートは夏清が座っている場所を含めてフルフラットにして子供たちが少々乱暴な井名里の運転に、歓声を上げながらごろごろ転がっている。
「こっちにね、おいしいイタリアンのお店があるのよ。今度地元の情報誌にコメント載せることになってるから、どうせ食べるなら大勢のほうがいいと思って電話したら夏清ちゃんこっちに来てるって言うし、これはもうカミサマのおぼし召しでしょう?」
実冴は、何社かの雑誌と契約を結んでいるライターのような仕事をしている。それだけでどうやって生活しているのか甚だ疑問だが、他に仕事らしい仕事をしているわけでもない。
「安心しなさい。私のおごりだから」
「当たり前だ」
後部シートを振りかえって夏清に対してにっこり笑った実冴に、前を見たままの井名里が憮然とした様子を崩さずに言うと、笑ったまま実冴が言い放つ。
「アンタ以外」
あーハイハイそうですか、と言いながら、井名里が目的地らしきレストランの駐車場に車を止めた。
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