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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう
1-2 友人
しおりを挟む「あれ? 滝本君、早いね」
待ち合わせ時間を間違えたのだろうかと、携帯電話で時間を確認しようとした滝本に、背後から聞き覚えのある声が届く。
「私が一番乗りだと思ったんだけどな」
振りかえって、そこに立っている夏清を見た滝本が固まった。別になにかポーズを取っているわけではないだろうが、予想外だとでもいいたげに少し傾けられた首の角度の絶妙さ。
夏清の服装は、別段奇抜でもなければかわいらしくもない、少し厚手の丈が短めのTシャツに、洗いざらしのジーンズ、スニーカー。長い髪はサイドにシャギーが入って、背中に流れる髪はパーマをかけたのか、緩やかに波打っている。黒板を見るために掛けているメガネも今日は外してきた。
二年生になってからの夏清は、髪をおろしていることが多くなったが、上の方をバレッタかカチューシャで留めている。メガネを掛けている夏清しか見ていない滝本にしてみれば、何を話したらいいのか分からなくなるくらいの衝撃を与えられたような気がした。
「? どうかした? やっぱり髪型似あってない? 変? 昨日美容院連れてってもらったんだけどパーマかけられちゃって。夏休みが終わるころには取れてるくらい緩いんだけど……」
「あ、いや……似合ってる」
やっとの思いでそう言った滝本に、夏清が安心したように微笑む。
「良かった」
昨日、二年くらい美容院に行っていないという夏清の髪をみて、実冴は自分がいつも行っている美容院に連行した。閉店後、若手の練習台になった夏清は、毛先を整えてもらうだけのつもりだったのに、パーマの練習もさせてくださいと言われて断りきれずにこうなった。
終わったのは二十三時を回っていて、途中で連絡を入れたものの、実冴に送られて帰ると、井名里がかなりイライラした様子で新聞を読みながら待っていた。
機嫌が悪そうな井名里に、新しい髪型のことを聞くことが出来なくて、ただいまだけを言って風呂に入ってオヤスミナサイしてしまったのだ。実冴やお店の人たちは似合うと言ってくれたけれど、一番言ってほしい人になにも言ってもらえなくて、実は似合っていないのではないかと結構落ち込んでいた。
他人に似合うと言ってもらえて、やっとほっとする。
「体動かすゲームもあるって聞いたから動きやすい格好してきたんだけど、髪、まとめてきた方が良かったかな」
滝本に聞くでもなく、夏清が独り言のようにつぶやく。
「そのままのほうがいい、と……思う、けど」
「ほんと? よかった。せっかく初めてパーマかけたし、まとめたくなかったの。よかった、変じゃなくて」
そこで会話が途切れる。夏清はにこにこと上機嫌でカットしたばかりできれいな毛先を手にとって眺めている。草野が男子の待ち合わせに指定したのは、ゲームパークが入っている総合商業施設の入口だ。全館開店するのは午前十時だが、一階にあるファーストフード店はもう開いていて、ゲームパークの開店まで十分以上あるが、すでに大勢の若者が集まってきている。
「あのさ、渡辺……」
「あ、いたいた! 委員長! 滝本君」
滝本が、なんとなく背中がむずむずするような気まずさを感じて声をかけようとした時を見計らったように草野達女子と、同じ電車に乗ってきたのであろう男子がやってくる。
「きゃー! 委員長かわいい!! パーマかけたの? 似合ってるー それどこでしたの?」
一瞬の内に夏清の回りに女の子バリケードが作成される。男子は近づきたくても近づけない。女の子に触れないと言うより、その回りの空気からすでに違うものに変わるからだ。
きゃぴきゃぴと矢継ぎ早に質問するクラスメイトに、夏清が照れながら説明しているのを、草野が心の中で『委員長さすが!!』とガッツポーズを作っていた。草野の中では夏清はこうあってくれないといけないらしい。
「くーさーのー……お前、待ち合わせ時間……」
ぶんぶんと手を振ってやってきた草野のリュックを引っ張って、滝本が小声で抗議する。
「間違ってないよ」
「それなら草野達が遅れたってことか?」
「それも違う。だってさ、絶対委員長早く来るでしょ、こんなとこにあの人一人で置いといたら誰かに拉致られるって」
「俺は虫除けか」
実際、ナンパ目的と思える男性グループがそこここにいる。この状態で夏清をおいておいたら、あっという間に回りにナンパが集(たか)るだろう。
「わかってんじゃん」
草野がいつもの顔で笑う。はめられたとは思っても、他の男子より先に夏清を見ることが出来て、なおかつ話まで出来たので、まあ、良しとしておこう。
夏清の回りの女子と、遠巻きにしている男子に向かって、草野が号令を下す。
「おっしゃ! 今日は遊び倒すよぅ」
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