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アンバランスなキスをして
5-3 宿
しおりを挟む「は?」
『………だから』
耳を疑う。いま夏清はなんと言ったのか。
『……とっ……取れないの』
消えそうな声が、電話を通して耳に届く。
取れない?
「いや、普通、でてこないか?」
『出ないわよ!! 大体普通ってナニ!?』
「普通は普通だろ……」
『ナニがどうなって普通なの!! うー』
電話の向こうで夏清が暴れているのがわかる。
「で……まだ入れてるのか?」
『確認しないでよ』
薄皮を一枚隔てたように聞こえる電話の声が、艶をもつ。
「どうするんだ?」
『どうするんだ? ……じゃないでしょう!? 入れた人が責任とってよ!!』
「……わかったから、病人が暴れてるんじゃない」
『誰のせいよ!?』
「オレ」
『わかってるなら早く来て』
「無理だ。いまクラスの女子が行ったぞ。飯持って」
『うそ!?』
「それが終わってからだな。もう一回電話して来い」
『何でそんな偉そうなのよ!? もとはと言えば先生のせいでしょう!?』
「スイッチ入れるぞ」
『いやー!!!!!』
夏清が絶叫する。その声量に思わずいったん電話から耳を離して、予想通りの好反応に笑いながら続ける。
「うそだって。スイッチはお前にかけた上着の中。やりたくてもできません」
ふざけたような井名里の物言いに、しばらく返事が返ってこない。
「もしもし?」
『もしほんとにやったらこのまま帰ってやる』
「帰るってどこだよ」
どうせ帰っても同じ家なのだ。問い返す井名里に、間髪いれずに夏清が答える。
『北條先生んち』
「ハイハイ。切るぞ」
『うん、こっちもきたみたい。じゃ、ほんとに電話するから、絶対来てね。絶対だよ』
「わかったって」
電話を切って宴会場に戻ると、ほとんど全員の視線が井名里に集まる。そのまなざしに含まれるものはさまざまだったが、あっさりと無視をする。
電話がかかってくるまで、まだ少し時間があるだろうと、井名里は席に戻ってぬるくなったお茶を飲み干した。
「いーいーんーちょーうー」
ごんごんごんごんごんと、言葉の数だけノックが響く。
「はーい。開いてるー」
電話を切ると同時に、クラスメイトがぞろぞろやってくる。とは言え、狭い部屋に全員は入れば座れるわけもなく、ふとんの脇には食事の乗ったトレーを持った草野しか座れない。
「無事?」
草野がそういって、トレーを置く。
「うん。だいぶ具合よくなった。ごめんね、心配かけて」
偏頭痛はあるけれど、我慢できないほど痛いわけでもない。わざわざ言う必要もないだろうと、夏清が笑顔を作る。
「いいよ。私らも委員長がやってくれるのいいことに全部押し付けてたし。でもこの感じなら明日は普通に回れそうだね」
「うん。おなかすいてたんだ。ありがとう」
別に何の変哲もない、白いご飯に味噌汁と焼き魚におひたし。その他もろもろ。
「あれ、井名里の?」
「え?」
びくりとして、夏清が草野が指差したほうを見る。ハンガーがなかったので、なるべくしわにならないようにしながら自分のスポーツバックの上に井名里のスーツがかけてある。
「うん。借りたの」
「返しとこうか?」
「いっ!!! いい……自分で返すよ……」
思い切り動揺しながら夏清が返事をする。返してもらうのはいいのだが、万が一アレが見つかるとやばい。また心拍数が上がったせいで頭の痛みが増した気がした。
「そう? でも井名里、すごかったね」
「なにが?」
「普通あんな堂々と女の子抱くか?」
どん、と体の中で音がした。体中の血が顔に瞬間移動したような気がする。それに伴って目が回って、夏清がぱたんと前屈するように倒れこむ。
「い、いいんちょう!?」
「だ、だいじょうぶ、ちょっとあたま、痛いだけ」
「ごめん! 別に委員長を冷やかしてるわけじゃなくてっ!!」
真っ赤になって動揺しまくる夏清に、なぜか草野が謝った。
「だからその、井名里って、あの人、人に触るのいやそうじゃない? 潔癖症っぽいと言うか」
「あー うん。そうだよね。カッター絶対クリーニング出してる感じ」
そんなことはない。絶対。部屋の隅に埃が積もっていても平気だし、昨日着たカッターだって平気で着る。現在夏清の日曜の日課はカッターのアイロンかけだ。アイロンを持っている間はさすがに井名里も近づいてこないので、数少ない夏清の聖域がたった一つある納戸代わりのこの部屋と変わらない狭さの和室。そこで静かに一人でいられる幸福を噛みしめながらアイロンをかけている。高校生としてちょっと間違っている気もしないでもないが。
潔癖症どころか、家にいるときはがしてもはがしても、べたべたとくっついてくる。
「好きキライとかはげしそう。ご飯おいしくなかったらちゃぶ台ひっくり返すくらいやりそうだよね」
そんなこともない。多分。甘いものも辛いものも平気だし、ちょっと賞味期限的にヤバそうなものでも平気で食べる。おいしいと言わない代りに不味くてもなにも言わずに全部食べてしまう。
「そ、そう、かな……」
勝手に盛りあがっている少女たちに、どのくらいズボラな人間か暴露したい衝動に駆られながら、夏清が引きつった笑いを浮かべる。人の認識は当てにならない。とはいえ、夏清もつい最近まで彼女たちと同じように思っていたのだ。この三ヶ月、想像と現実のギャップの激しさに翻弄されることの連続だった。だからこそ飽きなかったのだが。
「とにかくっ」
ぱん、と自分のひざをたたいて草野が話を戻す。
「明日には元気になって、いっしょにまた回ろう。委員長、一番神戸行きたがってたし」
「ありがとう。食べたら寝るね」
「そうそう。じゃあね」
ばいばいと口々にいいながら、少女たちの波が去っていく。それを見送って、夏清はため息をついて、ふとんの中から携帯電話を取り出した。
「……その前に……」
ごそごそと這い出して、スーツのポケットを探る。井名里の言うとおり、アレのリモコンが出てきたので、とりあえず自分のかばんの中に入れておく。
「ごはん、たべよう」
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