やさしいキスの見つけ方

神室さち

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アンバランスなキスをして

3-3 京都

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「二年A組女子ー 全員いるかー?」
 ノックされて顔を出したのは学年主任の高橋だった。夏清が、全員います。と答えると室内を一瞥しただけで去って行く。
 ばたんと閉じたドアに、その場の全員がほーっと安堵の息をついた。
「委員長!! めちゃめちゃびびったよ全然帰ってこないし!」
「本気で心配したんだよ! 奥から始まったからなんとかなったけど、こっちからされてたら絶対アウトだったよー なにしてたのー?」
「ごめん、お茶買って飲んでた」
「もう、そんなの帰って飲んだらいいでしょう? みんな心配してたんだよ」
 わらわらと夏清の回りにクラスメイトが集まってくる。本当に心配してくれていたのがわかって、ウソをついていることがものすごく心苦しい。
「ま、委員長も無事だったし、点呼も終わったし……」
 両手に、どこにいれてきたのか現地調達したのか、スナック菓子やポッキー、チョコを抱えて草野がにじり寄ってくる。
「これからが本番でしょ?」
 うひゃひゃひゃひゃと、妙な笑いをたてながら草野が電気を消す。おしゃべりタイムに突入だ。最初は誰と誰が付き合っているとか、誰が誰のことを好きだとか、割合レベルの低い恋愛がテーマだったのが、いつしかもっと突っ込んだ、生臭い話になっていく。
 どのクラスの誰が講堂でやってたとか、自転車置き場に使用済みの避妊具が落ちてたと言う話があったと思えばそう言えばゴミ箱に箱が捨てられていたのを見たという人間までいた。
「学校はちょっとな……」
「でもまー……いつもいつもホテル行ってる金はないよねー 家には親いるし」
 夏清が一番驚いたのが、こうして話してみるとクラスメイトの半数がすでに経験済みだということだ。
「キリカのカレシは一人暮しなんだよね?」
 そう問われて、草野がそうだよと肯定する。
「そうだけど、別に行ってもそんなやらないよ。なんか続いたらマンネリだし。掃除して帰ってくる」
「うわ! 通い妻ですか!?」
「あと餌付け」
「似あわねー キリカには似合わないって! 名前より似合わないよ」
 しれっと言い放つ草野に、クラスメイトがぎゃあぎゃあと騒ぐ。確かに、似合わない……
「えっちはいいんだよ。やろうって言われたらわりとするなぁ」
「言いきったよこの女は!」
「ふふん。私に言わせたらえっちはやらないとわかんないよ。女だってキモチよくなかったら、子孫なんか残せないもん」
 いいえて妙だなと夏清も納得する。そう考えると、避妊しない方が気持ちいいと思うのも人間ちゃんと本能で知っているからなのかもしれない。
「ま、気をつけるのは避妊だけ」
「ちゃんとしてるんだ」
「当たり前だよーそりゃ生でさせろって言われるけど、その時困るのはこっちだもん、絶対大丈夫って日でもつけさせる」
 うんうんと一人頷きながら草野がキッパリと言いきる。
「そうだよね、してても妊娠したって話もきいたことあるし。出す前に抜いても多少中に残ってるらしいしぃ 中出しは論外だな」
「まだ子供は作りたくないよ」
 経験済みグループが、同意するように頷いている。なんとなくそちらに入る勇気のなかった夏清は、みんなはやらないのかと、聞けない。いや、そっちに入っていても聞くことはできなかっただろうが。
 たしかに、いつか子供は生みたいと思う。できるのはまだいやだ。と言うより考えられない。生理が来たらほっとする。でも今まで、井名里の大丈夫だという言葉に大丈夫なものなのだろうと思っていた。みんなの言っていることを聞いているとどんどん不安になってくる。
「あとなぁ、アレだけはいやだ」
「あれって?」
「………フェラ」
 がふ、と夏清が食べていたスナック菓子を咽に詰まらせる。涙目になってむせる夏清はクラスメイトがくれた飲み物で一命を取りとめる。
「ほーう。その反応、てっきり委員長は言葉さえ知らなかったと思ったよ」
 草野がそう言う。知ってるもなにもさっきやってきましたとは、口が裂けても言えない。生でやってから二十四時間も経ってません、と心の中でつぶやいた。
 むせたのと思い出したので顔を真っ赤にしている夏清を見て面白そうに笑ってから、草野が続ける。
「委員長がどのくらい知ってるのかは置いといて、あれ、あんまり楽しくないよ。ってかカナリやだね。頼まれて一回やったけどもうやらない」
 そう言う草野に、もう一人がうんうんと頷く。
「そうそう、男のほうはなにもしなくていいのにこっちは顎は疲れるし、のどの奥は痛いし女のほうにはいいことないよね。頼まれても五回に一回もしない」
「それにあれ、マズいし。胃がもたれない?」
「キリカ飲んだことあるの!?」
「ってか出されたもん。頭もたれてたから逃げられなかった」
「あたしはそのまま口のなか置いといてトイレで吐く。一回食べたもんまで吐いたよ」
「私も吐きそうになった。キモチよくなりたいならいっしょに腰ふりゃいいのにねぇ」
「そう! そっちの方が絶対いいよ!!」
 盛りあがっているのは草野ともう一人だけで、他のメンバーは引いてきている。
「いやー もう聞きたくなーい。あんたたち純情な乙女の夢ぶち壊すようなことばっかり言わないでよぅ! 委員長固まっちゃったじゃない!!」
「あ、ほんとだ」
「いーんちょー? 帰ってきてー?」
「え? あ、うん、大丈夫……ごめん、先に寝ていい?」
 目を瞬(しばた)かせて夏清が応えるが声が上ずっている。動揺を隠せない様子にクラスメイトがやっぱりこう言う話をこの人にしちゃイカンよ、刺激強すぎたんでないの? と勝手なことを言っているが、否定するつもりもなくまだ魂が半分抜けた状態のまま、夏清は一番隅の布団に潜り込む。
「やりすぎた?」
「やりすぎだって」
「でも知らないよりか知っといたほうがいいって」
「そう言う問題かー!!」
 草野たちの声がなんだか遠く聞こえる。
 別に夏清は放心していたわけではなく考えが一点に集中していたため他に意識が向かなかっただけである。
 やったことがある二人が二人とも、やりたくないという行為であると言うことは、とりあえず円グラフは百パーセントを示している。この二人が世間とズレているとは思えないので、普通の女性の大半はやらないということだ。
 夏清だって好きでやっていたわけではないが、断ったことはない。
 井名里は自然に夏清を自分のそれに誘導する。夏清も別になんの疑いもなくそれを口にする。
 気持ちよさそうにしている井名里を見るのも好きだ。
 でもそれは、他の人たちも普通にしていると思っていたからだ。自分の認識が偏っていたことは認めよう。けれど、普通しないということを教えてくれてもよかっただろう。自分がラクに気持ちいからといって、なにも言わずにそのままだったのはひどい。
 ふつふつとわきあがる怒りに、結局夏清はクラスメイトが寝つくまで眠りにつくことができなかった。
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