やさしいキスの見つけ方

神室さち

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やさしいキスの見つけ方

6-1 心

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 リビングから点々と脱ぎ散らかした服が、寝室へと続いている。
 開けっぱなしのドアの向こうから光が漏れる。
 キスをしながら服を脱がされていく。最後の一枚に井名里が手をかけようとしたとき、夏清が先生は? と、潤んだ瞳で見上げてきた。
 夏清の小さくて柔らかい指が、井名里のトレーナーの下に入りこんできて、汗ばんだ素肌に吸いつくように触れる。たったそれだけの刺激で、目の前がくらくらと回る。もしかしたらはじめてのときよりずっと興奮しているかも知れない自分を見つけて、井名里は少し驚いた。セックスは嫌いじゃない。好きだが自分はもっと淡白な方だと思っていた。
 返事の代わりにトレーナーとイージーパンツを脱ぎ捨てる。
 たった数時間前に同じような状態で向き合っていたはずなのに、そのときとは全く違う感覚が、三半規管さえくるわせているような錯覚。
 瞳が合った。夏清が笑う。キスをしようとして手を伸ばした井名里より先に、夏清が軽く、井名里の胸を押した。
「うわっ」
 いともあっさりベッドの上に座らされる。キスだけで下半身にキているのは、自分のほうかもしれない。肩に手が触れる。夏清の方から重ね合わされる唇。さすがに、伊達に風俗で働いていたわけではない。積極的に、噛みつくように繰り返されるキスに、どんどん追いつめられていく気がする。
 息をついて、唇が離れる。年齢の分からない微笑をたたえた夏清を見上げて、つくづく女は怖い、と井名里は思う。
 目元や、その瞳にたたえられた光は妖艶なのに、顔の輪郭も唇もまだ幼い。そのアンバランスさが一層いやらしさを醸し出す。
 離れた体を抱き寄せようともう一度腰に手を伸ばすと、するりとすり抜けてしまう。
「?」
 井名里の瞳がどうした? と言いたげに夏清を見る。はぐらかすように笑って、肩に掛けていた両手をじらすようにゆっくり、体に触れながら下へと移動させていく。
「ちょっ! おい!!」
 井名里が上ずった声で止めるより早く、夏清の手が器用にトランクスをずらしてそれを取り出す。
「う、わ……熱……」
 外気と、夏清の指のひやりとした感触に、快感が波のように押し寄せる。
 息を吸って、吐いて。
 口から抜けていく呼気の温度は、吸った温度とは比較にならないほど熱い。
 呼吸に意識を集めてなんとかやり過ごす。
「まった」
 実にさりげなく、とても自然に自分の前にひざをつく夏清を、慌てて制止する。
「え? もしかして、これ、いや?」
 自分のソレを握ったまま、不安そうな顔で夏清が見上げる。
 めっそうもない、と言いかけて、井名里は喉まで出てきたそれを飲み下す。
「……俺は、いいけど、お前は、好きじゃないだろ?」
 そう言って、頭をなでると、夏清はくすぐったそうに目を閉じて、にっこりと微笑んだ。
「んー……先生のなら、いいかな。それに……途中だったし。だめ?」
 井名里に断る理由はない。
「いいよ」
 喉がかすれた。今まで付き合った女の中で、自分からそれをしようと言うのはいなかったように思う。こちらからやって、と言っても従ってくれるのは三回に一回もなかった。特殊な仕事環境にあった夏清が、何か間違えているのだろうとは察しがついたが、井名里は本人が気づくまで放っておくことにした。
 普通にやるのとどちらがいいかと問われたら、どっちとも言い難い気がする。むしろ相手が積極的に動いてくれる分ラクなので、井名里は好きである。個人的に。
 ひどく声が小さくて、けれどちゃんと夏清には届いたらしい。両手が添えられて、先端がゆっくりと口の中に包まれていく。
「ふ、んっ」
 夏清の口の中に、独特の苦味が広がる。井名里に言われたとおり、仕事の中で一番嫌いで、けれど一番回数をこなした行為だ。いつもはこみ上げる吐き気に気づかないフリをしながら続ける行為なのに、今日はなぜか気持ち悪くないから不思議だ。
 裏筋を舐める。舌を伸ばして、先を尖らせて、上下に、何度も。
 時折見上げて、反応を探る。ただもう夢中で。口以外も、指で袋をもむ。付け根の裏の方を親指でなでて、先端を何度も舐める。
 夏清の行為に、髪の中に進入している井名里の指が反応している。ぴちゃぴちゃという音に夏清の鼻から漏れる泣き声のような吐息が混じる。
「くっ……」
 堪えきれない井名里の声が耳朶に届くと同時に、口の中に、唾液に先走りの液が混じるのが分かる。
 もう少しだ。反射的に口の中の圧力を上げて、ピストン運動を早めようとした夏清の頭が強引に離された。
「やっ……」
 夢中で咥えつづけていたものを取り上げられて、夏清が無意識に拒絶の言葉を発する。井名里のそれと、夏清の唇の間に橋ができてすぐに切れる。潤んだ瞳の周りが朱鷺色に染まって、口の回りはおろか鼻の頭まで、二人分の分泌物が塗られて、薄い明かりの中で淫靡に光っている。
「……! ごほっふっかはっ……」
 その顔に一瞬井名里が言葉をなくして見惚れる。続けてごほごほと夏清が咳き込んだ。いきなり動かされて、唾液が気管に入ったのだろう。涙目になりながら、しばらく苦しそうに咽こんでいる。
「悪いっ! 大丈夫か?」
 触れた背中が冷たかった。
 当たり前だ。リビングと違い、この部屋に暖房を入れていない。部屋に入ったときは本当に熱に浮かされた状態だったから、そんなことにすら井名里は気づかなかった。
 冷えた体を抱きしめて背中をさする井名里に、夏清が首を縦とも横とも取れるような動きで振る。
「はー……死ぬかと思った……先生、強引過ぎ」
 かすれた声で、夏清がつぶやく。
 腕で顔を、涙やその他もろもろを拭って、夏清が笑う。
「止められたのはじめて」
 店の客には、絶対顔にかけるか飲むかを強要された。本番ができないのだから仕方のないことなのだが、顔にかけられて目に入ったことも一回や二回で済まないし、口の中で出されたら、しばらく喋るのも億劫になるくらい口の奥がじんじんして気持ち悪い。
 でも、井名里のものならいいと思っていたのだ。
「俺も止めたのはじめてだよ」
「なんで? やっぱし、全然だめ?」
 しゅーんと耳と尻尾がたれた犬を連想させるようなそぶりで夏清が済まなそうな顔をする。
「まさか。すごいよ。まいった。うん、自分でするより早く終わっちまいそうだった」
「じゃ、なんで? なんで、止めたの?」
「さぁ? 俺にもよく分からん」
 笑ってごまかしたが、答えなんて言えるわけがない。
 聞かれても答えるつもりはないが、ほんの二時間ほど前にシャワーを浴びた時、どうせ今夜はできないだろうと一回自分で抜いたのだ。
 それなのに、夏清が口でやり始めて、モノの五分と経っていない。あと一歩遅かったら、目の前に現れた快感のドアが開いてしまった気がする。
 早かろうが遅かろうが、多分夏清は気にもしないだろう。ココで抜いたら三度目になってしまう次が、勃つまで時間がかかるかもしれないとか、そう言うことは別にいいとして……十歳以上年齢の離れた少女にこうまで翻弄されるのは、ちょっと、男として、ソレは……自分で自分が許せない気がする……
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