316 / 326
愛し君へ
38 side哉
しおりを挟むなんだかんだといいながら、するりと落ちるように眠りについた樹理の横で、今朝届いた新聞を広げる。見出し記事はすでに読み終えているが、細かい記事を拾い上げたり、広告を見たりするのも時間つぶしにはちょうどいい。
没頭するわけでもなく、淡々と文字の上に視線を滑らせていると、普段なら聞き落すくらいに小さく、ベッドがきしむ音がして、哉は何気なく顔を上げた。
「樹理!?」
眉間に刻まれた皺。無意識だろうが、腹を庇うように両手で抱えている。
片手でその手を取り、あいた手で、ナースコールを押す。
すぐさま、数人の看護師と両国崎がやってきた。部屋に入った瞬間、両国崎がスンと鼻を動かす。
『破水した。緊急帝王切開。このまま運んで』
ベッドも点滴スタンドも、無音のままスルリと動き出す。移動する人々に、自然、足がついて行ってしまった。
『抗生剤投与開始。麻酔は部分……いや、全身で。輸血の用意も頼む』
看護師たちの返事を聞いて、前を歩く両国崎が哉を振り返る。
「さて、最終確認なんだが、最悪の事態、どちらを優先してほしい? 樹理さんにはずっと前に聞いたんだけど、一応、ご主人の意思も聞いておきたい」
いつも軽い両国崎の眼差しが、いつになく真剣だ。まるでこれから何かと命を懸けて戦いに行くかのように。
「どちらも、だ」
「おう。間髪いれないね。了解だ。死力を尽くそう。あとちなみに、樹理さんも同じだったよ。この子を産まない選択も、この子だけ残す選択もありえないってね」
「できるのか?」
「やれと言われたら、やりますよ? 救急搬送されてきた時だったら胎児は確実に無理だったけど、ここまで持たせたんだから。そりゃ、どっちか決めてもらった方が楽だけどね」
しゃきっとしていれば美人と言って差し支えない顔に、ニヤリと人の悪い笑みを乗せて、両国崎が赤いランプのついた手術室のドアの向こうに消えた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
私が子供を産んだ産院の助産師さんは、においで破水を判断してた。羊水の独特のにおいらしいけど、プロってすごいなって思ったのです。
長女の時、ほかの病気も見つかって地元の病院で出産できなくて遠くの対応してくれる病院選んだんだけど、長男も慣れた病院で生みたくて遠かったけど同じ病院で生むと決めたため、息子の時は促進剤使いつつ前日入院で対応してもらったんだけど、いい病院選べてよかったと今でも思ってる。って言うか、あそこじゃなきゃ長女(現在高2)は生まれる前に死んでた・・・
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」


それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる