幸せのありか

神室さち

文字の大きさ
上 下
295 / 326
愛し君へ

17 side哉

しおりを挟む
 
 
 
 とにかく広い。めちゃくちゃに広い。あっちこっちと見ながら歩いているだけであっという間に時間が過ぎていく。


 目論見(もくろみ)通り、歩いて刺激に触れて疲れた萌花が眠った機を逃さず、実冴たちが下船するのを見送った後、一緒に部屋に戻って、どうせだから百日を超えるクルーズを最後まで楽しもうと哉に告げられ、樹理が目を丸くした。


「えっと、氷川さん、仕事は?」

「その辺りは大丈夫だ。大体の引き継ぎは終わっている」



 これについてはウソ偽りない事実だ。

 哉は東京本社へ戻ってこれまで、工業部門を担当していたが、既に部門は立ち直り、十分に最適な体勢で運営されている。

 二か月後、来春には別の部門──海外営業──へ担当を替えることがすでに決定しており、年明けから来期工業部門を担当する者への引き継ぎを行っていて、既にほぼ完了している。そしてこれから三月の末にかけて、海外営業からの引き継ぎを受ける予定だったのだ。


 前回の辞表事件で、氷川の一族も同じようなことが起こらないよういろいろ手を回していたようだが、哉とて、手をこまねいていたわけではない。さりげなく『自分が消えた後』に大穴が開かないよう複数人材を育ててきた。

 思っていたより時期は早いが、仕事を離れることに対して、さして不安はない。

 適当な人材は哉の他にも十分足りている。哉が抜けたところで、誰かが……数人がかりになってもその穴を埋められる。



 そこまで説明しても、樹理はまだどこか不安そうな顔をしている。


「でも……」

 顔に浮かんだのは、安心させるためだけの笑顔だったのか、苦笑だったのか。


 仕事自体は嫌いではない。寧ろ、確実に仕事をすることは好きだと今では素直に認めることができる。

 それとて、樹理がいてこそ分かったことであり、現在の自分がある。



「心配しなくていい。万事抜かりはない。今は仕事より樹理を優先する。それだけだ」


 そう言って細い肩を抱けば、樹理の返事は短い溜息と背中に柔らかく回された腕から伝わるやさしい力加減だった。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

現在の政略結婚

詩織
恋愛
断れない政略結婚!?なんで私なの?そういう疑問も虚しくあっという間に結婚! 愛も何もないのに、こんな結婚生活続くんだろうか?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

処理中です...