幸せのありか

神室さち

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OVER DAYS

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 その答えはすぐに浮かぶ。去年、哉が唯一挟んだ私情を窺わせる決定の反故。なぜか残された協力工場。先日、槍玉に挙げられた行野プラスティック。あの時は、至極冷静に切り返していたし、その直後に長男の事が話題に上ったので気付かなかったが、長男のことの前から哉はかなり、不機嫌だったのではないかと思い至る。あの氷点下を思わせる怒りは行野プラスティックと長男の話題と言う、各個ならばギリギリ臨界点を越えない危険物だったのに、それをうっかり同じバケツでかき回してしまった結果の臨界突破(メルトダウン)か。



 何にせよ、少女のことは関係者を調べればすぐに判るだろう。

 判ったところで。


 せめてもう少し、そう、あと五年。あと五歳。



 せめて、少女の域を脱してくれていたのならば、上への報告をここまで躊躇しなくてよかったのにと考えて、ふっと笑ってしまった。



 躊躇。



 なぜ、何を悩む必要があるのか。どうして彼女の年齢などと言うことに問題を摩り替えようとしているのか。
 揺れているからだ。己の心が。

 ぐらぐらと。鋭利に切り立った三角柱の上でバランスを取るように。


 哉か、その父か。


 篠田の立場から言えば、報告は至上であり必須。


 だが、報告をすれば速やかに、最適の方法で二人は別たれる。


 常識では、どう見ても高校生然とした少女などとは離れるべきだと判っている。社会的規範の中で、そんな子供を親元から離して一人暮らしの成年男性が近くに置くべきではないことなど明白なのだ。


 こんな事実が外に漏れでもしたら。攻撃材料を欲している輩に知られたら……どうなるかなど明白だ。今更ではあるが、知った以上速やかな対処が必要だ。

 そこまで頭で理解しているのに、篠田の感情は傾かない。

 少女を見たのは、これが初めてだ。

 どんな為人(ひととなり)なのかなど、わずかの会話で全てが判る訳がない。



 全ては判らない。



 けれど、今、彼女を哉の元から排除すべきではない、と言うことは判る。

 確信はない。自信などもっとない。ならば、安易な方を──社長に報告して全てを終わらせてしまう方を選べばいいのに、それは出来ない。

 こんなにも優柔不断だったとはと少し笑って、顔を上げるとちょうど哉がエントランスの自動ドアの向こうから出てきた。


 車のドアを開けて哉を迎え入れ、運転席に付いた時、後から体中の空気が抜けるような盛大なため息が聞こえた。

 まだ車を走らせていなかった篠田がバックミラー越しではなく、すいと後を窺うと、シートに深く腰掛けて姿勢よく座っていたはずの哉がずるずる腰を浅いところまでずらして、クラゲのように軟体化している。


 どんなに敵意をむき出しに責められたあとでも、どんなに非情な決断をしても、どんなに綱渡りな状況を脱した時も。哉が張り詰めていた精神の反動を思わせる行動を取ったことはなかった。最近軽く力を抜けるようになったのだなと感じていたが、昨日と言い今日と言い、あの少女が絡むと哉は無意識にいつもは体の中に充填している何かを放出してしまうようだ。


 篠田の視線に気付いて、哉が軽く右手を上げたあと、体勢を直した。


「すまない。出してくれ。私用につき合わせて悪かった」

 再び座り直してそう言うと、哉は一仕事終えたような充足感や、期待通りに物事が運んだあとの安息、安寧感。そんなものを漂わせながら自分の殻の中に入り込み、背をシートに預けて目を閉じたので、この時、篠田がどんな顔をしていたのか見ていなかった。



 ああ、そうだったのか。と、一人納得して、深く笑った顔を。


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