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学園☆天国
32 side井名里
しおりを挟む「あっはー アキランがホントにいたー」
屋内にいる間はそうと気づかなくても、一歩外にでると、そこが存外薄暗かったのだと気づく、そんな一瞬のハレーションを打ち砕く、語尾にことごとくハートマークがついているようなのんきな一言。
声のした方を見ると「梅雨の晴れ間最高!」と、その胸元にショッキングピンクの楷書で書かれた空色地のTシャツ姿で、携帯電話を片手にもったまま、こちらに向かって両手をぶんぶん振りながら走ってくる人物が目に入る。視力が悪くとも、見まごうことなきその姿。と言うよりも、その動作。とっさに無視して、見なかったことに。この俺をこんなふざけた具合に呼ぶのはたった一人。
「ひっさびさのさいかーい! なのに無視とか? 無視するとか? 絶対記憶力の持ち主が忘れるわけないから故意に無視してるとか!! 知ってたけど性格悪ッ! どうしよう僕、ショックで死ぬかも。死ぬ前に名前叫んでやる。アーキー……」
「本気で死にたいとか?」
「めっそーもないでーっす」
三十路を目の前にした、しかも高校生の娘がいるとは思えないヘンなテンションがよく似合う男が目の前に立っている。できれば見間違いたい。知ってる人によく似てる人だと思いたい。けれど自分の知っている次能都織と言う人物とよく似た人間が他にいたらいたで大変迷惑だ。こんなのは一人でいい。
「さっき起きたらリナからメール入ってるしー んで、大至急とかだし、電話してみたらアキランまで来てるとか言ってるし、じゃあお父さんも参加しちゃうぞー みたいな。学祭終わったんでしょ? これからヒマ? ってかヒマだよね? ってか、ヒマって作るもんだよね? ヒマ作るよね? 僕のために」
返事も聞かないで、長身の男の周りをヤッホー デートだー と小躍りする青年。そんな二人に微妙な視線を投げかけながら生徒たちが帰っていく。
さすがにこれ以上この衆人環視でこの男のペースに巻き込まれるのはごめんだ。夏清に待ち合わせ場所の変更を伝える為に電話を開くが、気づいていないのか全くでない。つい舌打ちをしている間にも、ぴょんこぴょんこ跳ねながらノンストップでしゃべり続けている。
「あれ? ドコ電話するの? ダレ? リナが言ってた美人の彼女ちゃん? あ、そうか、もしかしなくてもこの辺りで待ち合わせ。だから止まったけど場所変更? ダメだよー ふっふーん。そんなことしたら僕が先に彼女捕獲してないことないこと吹き込んでやるもんねー あっ 哉ちゃぁああんっ」
殴りつけようと考えてから行動に移すのでは、この男は倒せない。気配を察すると言うよりも、原始的な部分で反応してこちらが予想だにしない様な動きをするため、広い空間で倒すことは不可能に近い。振り上げようと手を動かす数瞬前にスルリと俺の前からその身を翻し、昇降口の方へくるくる回りながら移動しつつ、極上の笑顔でウインクまで飛ばしている。反射で生きているくせに、どうしてこの男は、こうまで空気を読まないのか。
校舎から出てきた直後、予想していなかっただろう出迎え人が大音量で叫ぶ姿を見ても別段驚いた様子も見せず、哉が歩みを進め、こちらへやってくる。
「何週間ぶり? 仕事復帰したってホント? なんだよもう、無職同士せっかく一杯遊ぼうとおもってたのにさー ってか、やっぱり無視とか? 哉ちゃんも無視するとか!? どうしてそんなとこばっかり似ちゃうわけ? お父さんそんな子に育てた覚えがありませんッ!!」
すたすたと、この空気を完全に無視して進み、目の前に立った哉が無言のまま顔を上げた。
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