幸せのありか

神室さち

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学園☆天国

28 side琉伊

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 走って息が上がったのと、自分でもきちんと状況が把握できていなかったのとで、放送を担当する本部役員と上手く意思の疎通が測れなくてじたばたする私の横でマイクを分捕って放送をぶっ放したのはユリだった。


 軽やかに響くユリの声。思い出しても本当に、とっさの機転がきくヤツ。しかし、内容はひどかった。哉の学校名とフルネームを連呼して、妹ちゃんがピンチです!! とか。


 ふざけた放送をして、本部役員にこってり叱られつつ、まだ帰っていないことを祈りながら、じりじりと待っていた時間は、五分も経っていなかったと思うけど、私には永遠にも思えた。だって、私の呼び出しに哉が応えてくれるとは、さすがにほんの少しくらいは期待していたものの、来ない、無視される公算のほうが大きいと思っていたから。


 それが、まあ、ぞろぞろと来てくれた。と言うか、神崎君がユリの呼び出しを面白がって哉を連行して来てくれたというべきか。


 今思い出しても、哉は心情が読みづらい無表情だったけど、迷惑そうではあった。けれど、そのときの私にはそんなこと構ってられなかった。とにかく茶道部の一大事。それが頭の中全てを占めていた。

 これも今思えばだけど、どうしてそんなに必死だったんだろうと思う。事情を説明すれば、大師匠だってお茶が飲めなくても許してくれただろう。けれど、会ったこともない、それはもう恐ろしく厳しい師匠の、更に上の人ならば怖い人だと言う思い込みの力は無駄に威力があったのだ。


 やってきた哉のガラスみたいな目に、泣きそうな顔をした自分が映っていた。


 そのとき口走ったのが『助けてお兄様』で、未だにユリに笑いものにされる原因。ユリが哉のことを殊更『お兄様』と呼ぶのは、このときの私のこの発言のせいなのだ。さすがに兄に向かって名前を呼び捨てるわけにはいかない。

 とにかく声をかけなくては! と、意気込んだ結果がコレだ。思い出しても恥ずかしいけれど、これ以外の呼び方が思いつかなかった。相当テンパっていたのだろう。もう一人の兄のことは、普通にお兄ちゃん(当時)だったのに。もう過去は巻き戻せない。どんなに恥ずかしい記憶だろうが、だからこそイヤになるほど鮮明だ。


 もともと年に数回しか会わず、哉が中学に上がり寮生活をするようになってからは全く会っていなかったのに、でも、さすが血の繋がった兄妹だったというべきだろうか、私はその言葉のあとセリフに詰まってしまった。


 いや、泣いてしまった。哉の顔を見た瞬間、気が緩んでしまって。


 結局、状況を説明してくれたのはユリだった。事情を理解したらしい哉が、一言ぼそりと『分かった』と言ってくれて、ここまできていてなんだけど、それこそまさか了解してくれるなんてこれっぽっちも期待してなかったから、びっくりして今度は涙が止まった。きょとんと顔を上げた私の頭に、ぽんと置かれたのは、幻ではなく哉の手で。



 すぐにするりと降りたその手が、暖かかったのか冷たかったのか、覚えていない。思えば、哉と私がその肌で触れ合ったのはどこの記憶を掻っ攫ってもあれっきりだ。



 そのあとは、また怒涛。男物の道具はないから、急遽近くの茶道具店へ哉の道具を買いに走ったり、さすがに着物はないので、哉の制服を寮まで取りに走ってもらったり。


 部室に哉を案内して、師匠が持ち込んだ茶道具について問われても、茶碗の釜がどうだとか、何代目の好みだとか、そんなことは全然分からなかった。萩だ信楽だと言われてもナニがどれなんだか。問うことをやめて、棗(なつめ)の作が誰かとか、季節に合う茶杓を選びをいちいち説明してくれるんだけど、そんなもの覚えられるわけがない。


 そこで初めて、哉が私に点てさせて自分が半東をするつもりだったことを知って、慌てて全くお手前が出来ないことを伝える。

 とにかく何にも分からなくてまた涙目になりかけた私に肩で息を吐いて井名里さんを呼び、私に説明したのと同じことを彼に伝え、寮に制服を取りに帰った使いっ端……じゃなくてお友達に急遽井名里さんの制服も持ってくるように連絡する。

 ちなみに連絡手段は神崎君のポケベル。なにかあったとき連絡が取れるよう、帰った彼が借りてくれていたのだ。ちなみに当時はまだ、さすがに高校生が携帯電話を持てるような時代じゃなかった。巨大だったし。ポケベルだって出始めたばかりだったような気がする。


 何とか時間までに制服が届き、大師匠が来たときには、一応体裁が取れていたと思う。彼は、やってきていきなり他校の生徒がお手前をすると聞いて驚いてはいらっしゃったが、しどろもどろの私の説明に、そうですかとあっさり納得してくれた。さすがに大物。


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