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学園☆天国
3 side樹理
しおりを挟む困っちゃった。
制服のスカートの端っこを掴んで放してくれないのは、先ほど昇降口の階段の踊り場で、柵の間に頭を突っ込むように下を見ていた男の子。どう見ても迷子で、そこから誰かを探してる様子だったから、放って置けなくて声をかけてしまった。
着ている服は、ウチの学校の幼稚舎の制服だ。初等科以上は女子のみだけど、数年前から幼稚舎だけは男の子もいる。女の子の制服が私たちと同じ色なのに対して、男の子のはチャコールグレー。ぴっちりとアイロンのかけられた半そでのシャツに、指定のサスペンダーが付いた膝小僧が見え隠れするくらいのハーフパンツ。足元はこれまた真っ白な靴下に、ぴかぴかに磨かれたミニチュアみたいな黒い革靴。
子供特有の、細くてさらさらの黒髪、真っ黒な瞳はすごく意志が強そうで、本部テントにいた教師がどんなに聞いても自分が迷子だとは認めず、一緒に来ている母親のほうが迷子になったと言いはって曲げなかった。きゅっと結んだ口からは名前さえ尋ねることが出来なかった。結局、幼稚舎の男の子が迷子だという案内は放送してもらえたけれど、アレだけで来てくれるかしら、保護者の方。
このままじゃ待ち合わせの時間に遅れちゃいそう。ただでさえリナちゃんや翠ちゃんの所に寄っていて、ギリギリだったのに。
ため息を飲み込んで、傍らの男の子を見る。態度は迷子になった子供とは思えないほど偉そうなんだけど、その手だけが正直に一人になるのが怖いって言ってるみたいで、逃がさないと言わんばかりに力のこもった小さな手を見ると、振り払うのはかわいそうになってしまう。
「ああ、どうしよう……あ、そうか、電話したらいいんだわ」
うーんと考えて思いつく。というか、考えないと思いつかないのよね……携帯電話というものをもってまだ日が浅いので、なんて言うかあんまり使い慣れてない。せっかく便利なものを持っているのに使わなくっちゃ意味がないよね。
リダイヤルから番号を出して三コール。
「あ、氷川さん、樹理です。はい、あの、ちょっと遅れそうで……すみません、すぐとなりにテントがあって……そうです、じゃあ折り紙のところに、はい、そんなにかからないとは思うんですけど、はい、ごめんなさい」
……氷川さん、どうしてあのテントのこと知ってるんだろ。あ、もしかしてもう着いちゃってたとか? 慌てて電話の時計を見たら五分前……氷川さんなら来てそうな時間。
「じゅり、って言うのか?」
携帯電話を見つめていたら下から声は幼くて、でもなんだか大人びた口調の問いかけ。見たら、男の子が私のことを見上げていた。うーん、首が痛そう。
「ええ。そうよ。そう言えばキミの名前を聞くばっかりで、言ってなかったね。私は行野樹理。よかったら君の名前も教えてもらえるかな?」
スカートの裾に気をつけながらしゃがんで、電話の冒頭で名乗ったのと聞いていたらしい男の子と視線を合わせる。黙ったまま気詰まりな時間をすごすより、何かはなしていたほうがいい。
「柾虎。桐生柾虎(きりゅうまさとら)。木ヘンに正しいで柾、動物の虎」
「私の名前は、樹木の樹に、理由の理って書くの」
さっき先生に自分の名前を教えることを頑なに拒んでいた態度がウソみたいに、柾虎君が名前を教えてくれる。自分の名前の漢字まで説明できる幼稚園児って、ちょっとすごいかも。だから私も、分かってもらえるかどうかは別にして、同じように説明する。
「ふうん。いい名前だな」
「あ、ありがとう」
にっこりと無邪気な笑顔を添えて直球でほめられて、子供相手ってわかっててもちょっと照れてしまう。真っ黒なのにキラキラした澄んだ子供の瞳。さっきまでのツンケンした雰囲気が一気に吹き飛ぶ天使の笑顔。言葉遣いが大人びているのにこうして笑うとすっごくかわいらしい。
「柾虎君の名前もカッコいいよ」
「そうか? なんだか古臭くないか?」
「今風の名前より柾虎君には似合ってていいと思うよ」
「そうか」
思ったことをそのまま言ったら、柾虎君が満足そうににっこりしてくれた。
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