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第二章 恋におちたら
66 side瀬崎
しおりを挟む全ての書類にざっと目を通して、二ヵ所ほど訂正が必要な部分にはオレンジのラインマーカーで印をつける。
返された書類を大事そうに鞄にしまって、樹理が気を利かせて買ってきた茶菓子を勧められるまま断りもせず三つも食べ、四杯目のお茶を飲み干して瀬崎が立ち上がった。
「あ、すいません、トイレ借りていいっすか?」
「玄関向かって左のドア」
「ハイ。ありがとうございますっ」
礼を言うと、瀬崎が鞄を置いたままそそくさとリビングを抜けていった。
「あ、お帰りですか? 良かったらこれ、もうすぐお昼だしどうぞ。ちょっと待っててください、袋に入れます。帰りの車の中で食べてください」
やってくる瀬崎を見て、樹理がキッチンから廊下に出てくる。その手に持ったパックの中のおにぎりや玉子焼きなどの定番のお弁当おかずを見て、瀬崎の顔が明るくなる。
「うわぁ ありがとうございます! 今ちょっとトイレ借ります。お茶、美味かったので飲みすぎました」
言ったとおり手は洗ったのかと思えるほどのすばやさで瀬崎が帰ってくる。弁当を入れた紙袋を受け取らず、唇に人差し指を当てて静かにとジェスチャーしたあと身をかがめて小さな声ですばやく樹理にささやく。
「あの人を仕事に復帰させてくれませんか?」
「え?」
「戻ってきてほしいって思ってるのは俺だけじゃないです。今ここに来てるのも、上の差し金ですよ。多分、あの人が抜けて困ってるのは俺たちよりも上層部だと思います。なんていうか、あの人はもう氷川のカリスマになりつつあるんですよ。結構有名人っていうか。仕事に戻らせることができたら、あなたに対する風向きもちょっと変わってくるんじゃないかなってのは、まぁ 俺の希望的観測ですけど。
あなたにしか、できないと思うんです。お願いします、樹理さん、副社長を説得してください」
そこまで早口でまくし立てて、あっけにとられている樹理の手から紙袋を受け取り、すぐに明らかにトーンの違う大きな声でしゃべりだす。
「あああー 誰かの手作りなんて久しぶりすぎて涙が出るっ ホントにありがとうっ!!」
本当に目を潤ませて紙袋の中を覗き込んでいる瀬崎の足元に黒いビジネスバッグが蹴りこまれた。
「用が済んだならとっとと帰れ」
仁王立ち状態の哉に、瀬崎はうへえとまた呻いて、何度も樹理に礼を言いながら玄関のドアの向こうに去っていった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
瀬崎君はしごとできる。たぶん。
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