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第二章 恋におちたら
53 side樹理
しおりを挟む「で?」
うららかな日差しが木々の間からこぼれている。レンガ敷きのテラスにある白いプラスチック製の机の上にはめいめいの昼食プレートが置かれている。
場所は通称第一学食。大学部の学食だが、中高生も利用してもいい。第二学食と呼ばれる中高等部のメニューとそこまで変わらないが、全体的にこちらのほうがおいしいのだ。ただし、高等部からは歩いて五分以上の場所にあるので制服姿の生徒は滅多にいない。
「え?」
今日のパスタセットのぺペロンチーノを上品にフォークでまとめて口に運ぼうとした樹理が、かなり低い音域で発声された真里菜の短い問いかけにびくりと動きを止める。
「教えてほしいんですけどっ! どーっして、お姉さまがあの人と一緒にいたんですかっ!? ってか、いっつもあんな感じ? くっついてないとダメな感じ!?」
「リナ、おびえてる、おびえてる」
Aランチの豚肉のソテーを切る為のナイフとフォークを振り回している真里菜を、大学部のきれいなお姉さんたちが遠巻きに見ている。
「まずは、そうね。いつから!? いつ出会ったの!?」
「え……っと。去年十一月、半ば……くらいかな。初めて会ったのは」
「って! まだ半年!! まだ出会って半年ですかっ!?」
「ええ、そう」
そう言われてみれば、まだ半年なのだ。出会ってから。
「あ、でも正式にお付き合いを始めたのはこの間よ。ゴールデンウイークが始まったくらい」
「それ! めっちゃ最近っ!! そんな最近つきあった人あんなトコに連れてくか!?」
真里菜は、尊大にしゃべりながらも、流れるようにきれいな作法でナイフとフォークを操って、豚肉を口に運んでいる。対する樹理は、一口目を食べることに失敗してからフォークの動きが止まっている。
「どうやってどこで!?」
「んー 父の、仕事の関係で。私の父の会社、氷川の協力工場をしているから」
真里菜がずいずいと体をこちらに寄せてくる。静かに食べているフリをしている翠も、耳が樹理の一言も聞き逃すまいとこちらを向いている。
言えない。というか、言ってはいけない。ある意味、こちらから押しかけて一緒に住んでいるなんて。
「んで、ドコがよくて? あの人の」
「それは……うーん。えーっと。あの、その、ドコが……いいかって。言われても……言わなきゃダメ?」
「ダメ」
何か具体的に答えなくてはと考えても、頭の中に浮かぶのは取り留めのないことばかりだ。
「そう言われても、納得してもらえそうなコレっていうのがあんまり……思いつかないのだけれど」
「ない?」
済まなさそうに頷く樹理に、真里菜が唸る。その唸っている真里菜に、翠が笑いながら言う。
「本モノの恋愛に決定でファイナルアンサー?」
「……ま、まだっ!」
「あのね、お姉さま。都織ちゃんが言うには、ドコドコがスキ! とか言えちゃうのはまだホンモノの恋愛の前なんだって。ほんとにスキならドコもかしこも……なんていうか、あばたもえくぼとか、蓼食う虫も好き好きっていうか、他人から見たら不可解な部分が不可解だとわかった上でひっくるめて好きなはずだから、言いようがないものなんだって」
翠がBランチのサバ煮込みを食べながら解説してくれる。
「へー……そうなんだ。うん、そうかも。氷川さんってね、あんまりしゃべらないし……実はまだ良くわかんないの」
「そんなのとどうして付き合ってんの!?」
「……さあ?」
「さあじゃないでしょう もう」
「リナちゃんは氷川さんのこと知ってるの?」
「知ってるよー 高校生くらいの頃から大学生くらいの頃まで知ってる。都織ちゃんの友達の中でもヘン度数が高いグループの、一番変な人だよ。だから良く覚えてるの」
「ヘン度数……確かにちょっと計り知れないところがあるのは否定はできないけど……割と普通だよ? あの時はなんだかものすごく疲れてたみたいだからあんな感じだったけど、いつもはもっとドライな人だよ」
「ああ、だめだよほら、リナが変って言うくらいだから相当だと思うけど変な人だって否定しないのに普通の範囲内とか矛盾したこと言ってるあたりラブマジックってかイリュージョンな感じ。ま、このお姉さまならそう言うのもありえないけどありえてるかな」
「……どういう意味なのかな、翠ちゃん……」
さすがに何か含んだような翠の言い方に、樹理がにっこり笑って切り返す。
「だって、かわいい女の子は大抵みんな恋する女の子だもーん。さっき出会いからの経過聞いても、ボク達が目をつけたときはバリバリの片思い路線突っ走り中くらいじゃない? ま、結果オーライ両思い。で、あとはどっちが告ったか教えてくれたらうれしいなぁ」
「…………おしえません」
顔を真っ赤にして無意味にフォークにパスタを絡めている樹理を見て、真里菜と翠が目を合わせてニヤリと笑う。
「「お姉さまからだ」」
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