幸せのありか

神室さち

文字の大きさ
上 下
95 / 326
第二章 恋におちたら

23 side哉

しおりを挟む
 
 
 
 柔らかい髪が左右とも上下とも取れるようにふわふわと揺れる。


「もう絶対、ダメです。もったいないです。だって第一あんなに買ってもらっても、そんなにお出かけもしないし、いつ着たらいいんですか」

 どれもこれもとてもかわいいが実用的ではない。正真正銘お出かけの為の服で、汚れたらクリーニング直行の服では、普段着にはならないし、第一に家事ができない。


 しかし哉はそうはとらなかった。ドレスのときと同じ解釈をした。つまり、着ていく場所があればいいのだと。


 いい加減、この状況に気詰まりを感じていた哉にとっては、出かけるのは好都合だった。じゃあ今から出かければいい。どこでも好きなところへ。

 というわけで、行き先が水族館になり、樹理は買ってもらった中からクリーム色のすそがふわふわしたワンピースを着て出かけた。

 みやげ物を扱う売店で素振りができそうなサイズのシャチのぬいぐるみを購入した頃にはご機嫌が回復しており、哉は小さく安堵の息をついたのだ。

 古今東西、恋人に対して何かしら失敗した男性のとる行動はほぼ同じで、さらに女性も許してくれるものらしい。とりあえず当分は、忘れないようにせっせと樹理を外に連れ出す必要がありそうだ。

 樹理にそんな計算ができるとは思わなかったけれど、なんだか結局樹理の思うままに動いてしまったような気がする。



 けれど、こんな一日も悪くはない。久しぶりにただふよふよと漂っているだけの海の生き物を見て、なんだか気分が晴れたのは哉も同じだった。



 そんな休みも終わり今日から普段どおりの仕事や学校が始まる。今朝も長かった休みが嘘のようにいつもどおりの顔で篠田が迎えにやってくる。

「おはようございます」

 ドアを開けて待っていた篠田に小さくうなずいて応え、車に乗る。

「休日は何を?」

「読書。散髪……それから水族館だ」


「は?」

「天上会議は予定通りか?」

 ほんの少し唇を笑みの形にまげて、哉が問う。それをバックミラーで確認して、篠田も少し笑う。


「はい。今月は皆様おそろいのはずです。いつもどおり九時から四十七階大会議室で行われます」

「わかった」


 各地の各グループに分かれている一族の人間がほぼ一堂に会する集まりが、月頭にある定例役員会だ。一般の社員は、その場が設けられることは知っていても、足を踏み入れることはできない会議で、決して生きてはいけないところという皮肉を込めて「天上会議」と呼んでいる。普段は会社に来ることのない会長である祖父はもちろん、最高顧問という肩書きの曽祖父も、この日は出社する。顧問の顔を拝めたら出世が早くなるとか、それ以外でも何かいいことが起こるなど、眉唾なうわさは事欠かない。ただ、社報に顔写真が載るのは会長までなので、平の社員で顧問の顔を知っている人間は少ないのだが。


 哉はまだ参加し始めて六回目。会社での地位は副社長でも、ついこの間からその立場にはまった哉は、まだ年少チームなので一番末席だ。


 外を見ながら少し楽しげな様子の哉に、篠田は長い休みが明けたばかりだが、年休がまだたくさん残っていたなと考えていた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

このころは、まだどこの水族館にもそこそこシャチがいたのです・・・


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

形だけの妻ですので

hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。 相手は伯爵令嬢のアリアナ。 栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。 形だけの妻である私は黙認を強制されるが……

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

白い初夜

NIWA
恋愛
ある日、子爵令嬢のアリシアは婚約者であるファレン・セレ・キルシュタイン伯爵令息から『白い結婚』を告げられてしまう。 しかし話を聞いてみればどうやら話が込み入っているようで──

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...