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第二章 恋におちたら
12 side樹理
しおりを挟む「っ?! 私、そんなこと聞いてませんっ!!」
父は、哉の言葉が届いているのかいないのか、本当に固まってしまったらしく瞬きさえしないで……もしかしたら息さえて止めているのではないかと思うくらい微動だにしない。
母は、あっけに取られたような顔をしているものの、ある意味潔い告白に、得心したようでもある。
「今言った」
哉は、立ち上がって叫ぶようにそういった樹理を見上げて、どうして樹理がそんなに怒っているのか皆目見当がつかない様子だ。どうせ同じことなら一度で済ませたほうが手間がかからなくていいじゃないかとでも言うように。
「このことに気がつくまで、どうしてあんなことをしたのか自分の行動にはっきりした答えが見つからなかったんだが、樹理がいなくなってから気づいた」
樹理は立ったまま、酸素を求める金魚のように赤い顔であえいでいる。哉は何か自分の中にこの答えの方程式を持っているようだが、式も解き方も樹理には理解できない。
「……ごめんなさいね。それはつまり、その、世に言う『一目ぼれ』なのかしら?」
母が、恐る恐ると言った態で静かに聞いた。
だって、彼が樹理を連れてやってきたのは、樹理と出会って三時間と経っていないころあいのはずだからだ。どう考えても、それこそ目と目が合った瞬間に……くらいの勢いだ。
会うのはまだ二回目でも、彼がそういうタイプからは程遠い対極に座している、そしてそこから動かない、ある意味恋愛を積極的にしたがるようには……それこそ申し訳ないが全く見えない。ありていに言えば、信じられないので確認せずにはいられなかった。
「多分それが一番近いですね。でも……それだけじゃない」
哉の視線が樹理を見上げる。
「もう樹理がいないと生きていく自信がない」
その目が笑っているように樹理には見えた。なんだかもう、力が抜けて、それでも大きな音を立てずにソファに体を戻す。
「なので改めて、今回はお願いにあがったわけですが、樹理さんを僕に預けてもらえませんか?」
哉がにっこりと笑って、目の前で先ほどから金縛りにあったままの樹理の父に、そう言い放った。
「よくわからない人ね」
樹理の部屋で前と同じように二人で衣服をスーツケースに詰める作業をしながら、母がポツリとつぶやいた。
「今日はまだ、わかりやすかったほうかも」
母の顔が『あれで?』と聞いている。黙ってうなずいて、少し樹理が笑う。
「本当にあなた、どうしてああいう難しいのを好きになっちゃうのかしらね。前もそうだったじゃない? 小学四年生の時の」
「えっ……なんでマサキ君のことママが知ってるの」
「だって樹理の母親ですもの。樹理は晩熟(おくて)さんだったから、初恋だったんでしょうけど、よりによって渡久山さんちのはねぇ……そういえばあの時も年が離れてたわよね。あっちは高校生くらいだったかしら」
「もう、そんなの今は関係ないしっ あれはそういうのとは違ってたのっ 恥ずかしいから思い出さなくていいよ」
樹理が話をそらそうと立ち上がって、もう準備が済んでいる学校のサブバックのファスナーをあけている。
「よくないわよ。娘とこんな話をするのは一生に何度もなくてよ?」
スーツケースを閉じて、立ち上がりながら器用にスーツケースも起こす。
「仕事のことはね、男たちに任せといたらいいのよ。氷川さんってかなり変な人だけど、樹理を大事に思ってくれてるのは本当みたいだから、きっと大丈夫よ。あなたが気をもむことじゃないわ」
本当になんでもないことのように母が笑う。
「だからね、ウチのことも気にしないで。さっきも言ったけど、ママは樹理が幸せになってくれたらそれでいいんだから」
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