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第一章 幸せのありか
37 side樹理
しおりを挟むなのに何もかもが初めての体は、心ほど反応しなかった。つまらなさそうに、いや、つまらない時に哉はいつも鼻で笑うように息を漏らす。それが聞こえたとき、自分はそんなことでさえ彼を満足させられないのかと泣きそうになった。
その後すぐに、下腹部に焼けるような熱。からんという、ビンが転がるような音に、何をされたのかすぐにわかった。焼けつくような痛みの後、そんなものとは全く別の次元の痛みに体が裂けたかと思った。
けれどそれもアルコールが回ってしまえば我慢できないものではなくなって、ただ揺さぶられながら意識が遠のくのが分かった。
次に気付いた時、哉が腕の拘束をはずしているところだった。口に入れられたタオルも取られる。噛むものがなくなったら、とたんに奥歯がカチカチと鳴り出した。
止めようとしても止まらなくてどうしようもなくて。
何度もごめんなさいと言うより他になかった。ぎゅっと目を閉じて泣かないようにこらえるので精一杯だった。
哉の腕が伸びてくるのが分かって反射的に殴られると思って身を固めるとそっと起こされた。
すぐに肩に、ひやりとした感触。背広の裏地が汗ばんだ背中にぺたりと貼りついた。
哉が疲れきったような声で体を洗ってこいというのが聞こえた。
その声のどこにも、満足したような響きがなくてまた泣きたくなった。目の前からいなくなれといわれてなんとか立ちあがって言われた通り風呂場に向かった。
そこから先は、もう何も覚えていなかった。
違う。一つだけ覚えている。
夢かもしれなかったけれど名前を呼ばれた気がした。
もう一度呼んでほしくて、暗い所をさ迷って声がしたほうに、樹理は帰って来た。
けれどここには哉はいない。やっぱり、夢だったのだろうと思うと少し寂しかった。
「あ! 起きてる! お母さーん、樹理ちゃん目ぇ覚ましたよー!!」
不意にふすまが開いて、セーラー服の少女が入って来て、そう叫びながらまた出ていってしまった。
あの、と声をかける間もなく。
すぐにばたばたという複数の足音が聞こえて、開いたふすまから頭が三つ。
「あらほんとだ。良かったわ。大丈夫? 昨日丸一日と今日半日、寝てたのよ?」
にっこりと笑って、三十代の半ばくらいの白衣の女性が樹理の腕から点滴の針を抜いた。
「あの……」
「んー?」
「ここ、どこ、ですか?」
「ああ、ここはね、診療所。入院できるような施設はないから、ウチの娘の部屋よ。ベッドのほうが看護はしやすいからね。私の名前は神崎理右湖。そっちにいるのが娘の桜(さくら)と椿(つばき)。そしてあなたは行野樹理、オッケー?」
「ハイ……」
名前を呼ばれて、先ほど入ってきたショートボブの少女とその下のベリーショートの少女がぺこりと頭を下げてくれたので、樹理もつられて頭を下げた。
「起きあがれるなら一緒にご飯を食べましょう。桜、椿、用意してきて」
ハーイと言う声が綺麗にハモって、またばたばたと廊下を走って行ってしまう。
「どう?大丈夫?」
「はい」
「じゃあご飯食べて、元気になりましょう」
人好きのする笑みを浮かべた理右湖に、ほんの少し心が軽くなった気がした。
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