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第一章 幸せのありか
28 side哉
しおりを挟むタクシーから降りて上を見上げる。毎日、確認しなくても分かっているのにそこにある灯りを見るために。
こんなに遅くなってもやっぱりついているその灯りに、今日は本当に、歯軋りしたくなるくらいムカついた。
防犯を兼ねて二十四時間灯りのついているエントランスを抜けてエレベータで二十七階へ。軽い重力の変化が悪酔いを更に悪化させる。吐きたくなるくらい気分が悪い。
氷川本社の決算期は七月だ。なので一月は第2四半期の締めくくりにあたる。これまでの更正計画の進捗(しんちょく)状況を報告させるために、子会社協力会社の社長を集めての会議が、今日の午後から行われた。
中間報告は、軒並み予定よりずっと遅れていた。物事が机上の理論だけで進むと思っているほど哉は理想論者ではないが、目を覆いたくなるくらい酷かった。
聞いていても仕方がないので早々に切り上げてやろうとしたところ、誰がどこで仕入れたのか、行野プラスティックの話題がのぼった。哉がなにも言わないので誰も聞かなかっただけで、集められた会社の社長だけではなく、本社においてもどうしてそこだけ哉が特別に残したのか、疑問に思う人間は多かったようだ。しかし、再建計画が計画通り動いていると言えるのは行野プラスティックだけだ。再建計画が一番遅れている同じプラスティック工場をもつ社長が皮肉のように何か個人的に思うところがあるのですかと、厭な笑いを浮かべて哉を見て言った。
何を思おうが相手の勝手だが、実際行野プラスティックの業績改善は目を見張るものがあった。グラフに直されたそれは他をぐんを抜いていて、皮肉げにそう言った者の工場の業績を、たったの二ヶ月足らずで抜いてしまっているのだから。この場で一番足きりの対象になるであろうその人物は噛みつくような勢いで反論した。
あたりまえだと。今まで自分たちは身を削って骨を切ってさまざまな経費削減の努力をしていたのだ。これ以上どうしようもないくらいに。けれど哉はそれでは許さないと言ったのだ。もっとなんとかなるはずだろうと無理難題を押しつけてくる。今までなにもしていなかったであろう行野プラスティックと同じにしてほしくはない、と。
見解の相違だ。
哉は彼の会社の資料をひっくり返して一々改善できる個所を指摘していった。真っ赤だった彼の顔は、徐々に青くなり、結局血の気を失った様子で会議用の固いイスに彼は座らされた。
哉にしてみれば氷川のプラスティック部門など海外に流してしまってもいいと思っていた。ただ全てを海外に依存した場合、その後起こるかもしれない有事への備えが効かないのでいくつか大きな会社を残すことを決めた。それだけのことだ。他を切ったことによって彼の会社にも、もちろん行野プラスティックにも多くの仕事が流れ込んでいる。淘汰されれば必然的に残ったものが得をするのだから、そこから利益を引出すのは社長の腕だろう。
無性にイライラした。
自分の倍以上生きているくせに厭味しかいえない相手に。言い負かされている相手に。
そして気まぐれで行野プラスティックを残したことに。
誰かがぼそりとつぶやいた。前副社長なら、そんな風に贔屓をすることなどなかったと。どこか一箇所だけに肩入れすることなくどこのことも平等に考えていてくれた、と。
その言葉で哉の顔色が変った。
その場のもの全て、哉の逆鱗に触れたことを知った。
見まわすと頭をたれる者とそのセリフを言った者をちらちらと見る者、各々態度は違ったがそれを言った男を確認することはできた。
どうでもいいことだが、哉はこの世で生きている人間の中で一番嫌いなのは兄だ。長男であるというだけの理由で大切にされて、へらへらと笑って暮らしている彼が一番嫌いだ。
ただ笑っていることしかできない兄とこうやってきっちりと経営を考えて動いている自分を同列のようにして比べられたことにまず腹が立つ。いないものを懐かしむようでは、おそらく彼の会社の命数は尽きかけているといってもいい。
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