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第一章 幸せのありか
19 side哉
しおりを挟む「あ、あの、おはようございます」
午前七時まであと五分。目覚まし時計より五分早く目が覚めた哉がダイニングに顔を出すと、なんとなくいつもと違ういい匂いがして、そう声をかけられる。
首をめぐらせると制服の上にグレーのエプロンをつけた樹理が立っている。誰だろうと一瞬考えたあと、夕べのことを思い出す。
そう言えば、昨日拾ったのだ。
家に帰ると死ぬほど眠かった。アルコールを入れた後に車を運転したことで、普段使わない神経まで消耗したような気がしてとりあえず彼女が寝るスペースだけ確保して部屋に帰ったたらそのまま意識がなくなった。
ナニをしようがそれならぱっと見、分かるわけもないので、部屋に連れ込もうが構わないかとも思ったが、過去の経験から誰かと一緒に寝ると絶対に安眠できないことを思い出して止めた。
性欲がないわけではないと思う。けれど今例えば無理やり押し倒して処理しなくてはならないほどかというと、そうでもない。
人間の欲のなかで寝ることと食うことは必要最低限というより、なければ生きていけないが性欲は別になくても平気だと哉は思う。というより、それでしか欲望を満たせないような生活はごめんだ。性欲として処理する以外にも、人の欲を満足させるものはこの世の中ゴロゴロ転がっている。娯楽が増えることで、人はセックスをしなくなり、結果として子供の数が減っているのだと言うのは極論だが、それとて一理あるはずだ。
では今の自分の欲を満たしているのはなんだろうと考えて、仕事以外に思いつかなかった。それでもその仕事に人生をかけての情熱を持って没頭しているかと言うと、それは絶対にないと言い切れてしまうのだが。
自分の生活を侵害しない程度に彼女がここで生きてくれたら、それ以上も以下も望まないことに決めた。今さっき。
「朝ご飯、良くわからなかったので和食にしたんですけど……あの、要らなかったらそのままにしておいてください」
声が聞こえづらくなったと思ったら、樹理が背中を向けている。そこでやっと、自分がいつも通り、バスローブを引っ掛けたまま寝室から出てきたことに気付いた。気付いてもどうこう慌てるのも何か違う気がして、けれどそのままにしておいていいと言うわけでもなく、手に持っていた紐で縛る。
広いテーブルに、ポテトサラダとベーコンエッグ。耳まで赤くしながら哉から目をそらして、それでも白いご飯を盛って、味噌汁をよそう。
一連の動きが終わると、エプロンをはずして逃げるように和室に行ってしまい、すぐにかばんを持って出てきた。
「あの、ここからだと、多分一時間半くらいかかってしまうので、もう出ます」
「待て」
ぶんと音がするくらい頭を下げて、そのまま出て行こうとした樹理を呼びとめると、面白いくらいびくぅっと跳ねてから恐る恐ると言った様子で振りかえって、返事をした。
「は、はい?」
「これは? 家にはなにもなかっただろうが」
「え? あ、向かいのコンビニで……なのであんまりできなかったんですけど……あっ! すいません、玄関にあったカギ……勝手にお借りしました……」
「金は?」
米とて要る分だけ量り売りしてくれるわけではない。買おうと思えばそれなりの量があり、それなりに金が要るはずだ。
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