幸せのありか

神室さち

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第一章 幸せのありか

9 side哉

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 こんな夜遅くに、若い…高校生の少女が、なにを思ってこんなところまでのこのこやってきたのか、やっと察しがついて、訳もなく笑えてきた。
 何の事はない、自分を売りにきたのだ。もしかしたら制服で現れたのも、その付加価値を知ってのことなのだろうと納得する。

 氷川の副社長も安く見られたものだ。

 だいたい、学校を辞めると言うが、彼女の父親の会社が潰れてしまえば、否が応でも辞めざるを得ない。ああいった場所に居る者は、情けをかけたりはしない。敗者にはぎっちりとその傷口に塩まで塗るのが正統派だ。

 笑っている哉に、目の前に立つ少女が戸惑ったような視線を向けている。

 その期待には添うべきだろうか? お願いされているのはこちらで、さらに言うと哉は一度も彼女に対して楽観的な観測を与える言動は避けている。もし仮に、喰ってしまってもその後、それに従う義理もない。彼女が泣こうが喚こうが、哉には全く関係ない。

 起き上がって、少女を見る。大きな瞳を開いてかわいそうなくらい怯えている。何を言われるのだろうとびくびくしながら、それでも哉の言葉を待っている。そのまま放っておけば、延々そこに立ちつづけているだろう。
 そのまま放っておくのもいいかもしれないと思いながら、裏腹に自分の口から出たセリフに、哉は今度こそ本当に笑っていた。

「なら、そこで脱げよ」

 何が可笑しいのか自分でもわからない。けれど笑いは止まらない。笑いながら、こともなげにそんなことが言えてしまうくらい、自分がひどい人間だとは、今まで知らなかったなと、どこか乾いた心の片隅で考えながら。

「どうした? どうせ辞める学校の制服ならもう要らないだろう?」
 あと二口分ほど残った缶ビールを視界に捕らえる。それを流しこむための肴くらいにはなるだろう。
 固まったまま今度こそ本当に、瞬きも忘れている樹理にさらに哉がたたみかけた。

「やらないなら…」


 それはそれで構わないから帰れと言おうとした哉の言葉を樹理が遮った。



 言葉ではなく。



 絹が擦れる音が、なぜがとても大きく聞こえた。濃紺のリボンが、ふわりと床に落ちた。


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