上 下
52 / 53

第52話 Epilogue1 〜The beginning and then〜

しおりを挟む

「……決行は二週間後。王の生誕祭なら近衛兵も少なく、城内も賑やかになる。それに乗じよう」

 王城の奥まった場所にある武器倉庫。扉を守る護衛もいない。
 普段ならほとんど誰も立ち寄らないこの場所に、十人ほどが身を寄せ合って密談をしていた。
 ブレイク王子を取り囲み見守る顔は皆一様に、強張った表情を浮かべている。
 かねてより画策していた義の蜂起。いよいよその時が、決定されたのだ。

 背筋に汗がじわりと滲む。同時に全身が硬直していくのをエリシュはつぶさに感じ取った。

「どうしたんだいエリシュ。もしかして怖気付いたのかい? 君らしくもないなぁ」
「い、いえ、ブレイク王子。決してそのようなことは……」

 エリシュは慌てて否定をする。

 ブレイク王子の洞察力は、目を見張るものがある。
 大概はその勘の良さを、家臣への気遣いに充てることがほとんどだったが、この時ばかりが勝手が違っていた。
 優しさを交えた少々揶揄するような言い回し。
 周りの同志へ与える士気への影響を考慮した発言と同時に、自分と二人きりのときにだけ時折見せる、素の口調。
 それは16歳の少年としては当たり前すぎる、てらいのない無垢な色だ。

「……とうの昔に覚悟はできています。『弱いものが幸せに暮らせる国に変えたい』……ブレイク王子のお考えを聞いたあの日から……!」

 エリシュは決意の光を瞳に宿し、ブレイク王子を直視する。
 
 冷静さが私の信条。
 いついかなる時も、慌てず、無駄なく、最善の案を頭の中で構築する。
 だけど、いつだってそう。彼は、凍てつく視線をさらりと躱す。
 そして優しく包み込むのだ。
 今、私を見据えている、この瞳で。

「……いつものエリシュに戻ったようだね。これで僕も安心したよ。この決起には、エリシュの力が欠かせないからね。頼んだよ」

 この心をほぐすあどけない笑顔が、エリシュにさらなる忠誠を高めると共に、淡い恋心を募らせていく。10歳近く歳が離れた、己の主君に。

「ブレイク王子。私の兄が、王の近衛兵を勤めております。兄も常々、今の悪政を嘆いていました。事情を説明すれば、きっと我々に賛同してくれるかと存じます」
「おおベント! それは心強い! ベントの兄が味方についてくれるのなら、相手を内側から撹乱することができる。是非口説いてもらいたい」

 だがすぐさまに、側近の一人が異を唱える。

「お言葉ですがブレイク王子。決行まで二週間というこのタイミングで、同志を急増するのは賛同しかねます。ベントの言葉を疑うわけではないのですが……万が一のことも考えないといけないのではないでしょうか?」

 武器倉庫が、静寂に支配された。埃の揺らめく音さえも、聞こえてきそうだ。

「……確かにその懸念は払拭できない。だが、我々の同志は30人程。いくら城内の警備が緩む生誕祭と言えども、そんな大人数で玉座の間までは目通りなどできない。間違いなく扉を守る兵士たちと交戦になるだろう。数で押し切っても、全員が玉座の間まで、恐らくはたどり着けない。加えて最低でも10人の近衛兵が、王を守護している。そのすべてがランクAの強者たちだ。その一人でもこちらの味方についてくれるなら、我らの悲願は成就する可能性が上がるだろう。……もとより奇襲の形をとったところで、成功の可能性は半分以下なのだからね」

 冷静に状況を分析するブレイク王子に、周りの同志も言葉が続かない。

「……だから、賭けてみよう。この国を変えたいと願うまだ見ぬ同志に。そしてそれでも足りない分は、我々がこの国を想う気持ちで補おう。狙うは王、ただ一人。だけど必要以上に兵士は傷つけないようにね。そしてこの中の誰かの剣を、必ず王まで届かせてほしい」
「……それって、結構難しいですよ? ブレイク王子」

 側近の一人が仰々しい表情で、目を見張る。だけど悲壮感は感じられない。
 周りを取り囲む側近たちにも同様の表情が、笑みを浮かべた顔が、一様に並べられていた。

「ハハハハハハ。ごめんねみんな。僕の我儘に付き合わせちゃって」

 自分の親を亡き者とする。
 その葛藤を乗り越えるのに、この少年がどれだけ苦しんでいたか、側近たちの全員が知っていた。
 だから今更、余計な同情は無用だ。
 王子の肩書きが剥がれ落ち、少年の顔へと戻った彼を、やわらかな苦笑が包み込んだ。

「はぁ……今更何を言われるのです」
「我らはどこまでもお供しますよ、ブレイク王子!」
「この国の民を真に想われているのは王子、ただ一人ですから」

 あどけなさを残す少年はエリシュを見ると、屈託のない笑顔を真正面からぶつけてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~

乃神レンガ
ファンタジー
 謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。  二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。  更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。  それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。  異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。  しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。  国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。  果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。  現在毎日更新中。  ※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

「異世界レシピ」スキルで新人ギルドを全力サポートして、成り上がります!

沢野 りお
ファンタジー
ゴブリンに襲われて記憶を失った少年、クルト(仮)。そのクルトを助けた若きギルドマスターのオスカー。 彼は哀れな少年クルトを、自分が立ち上げるギルドへと引き取り、新天地へと向かうが……。 クルトを出迎えたのは、ボロボロに朽ちかけたお化け屋敷のようなギルドハウスだった。 六歳になると教会で受けるスキル鑑定。クルトは改めて受けたスキル鑑定で「器用貧乏」だとわかる。 全ての能力において平均、もしくは初級レベルのまま成長できないハズレスキルと嫌われる「器用貧乏」 しかもオスカーは、幼馴染である仲間からギルドの加入をすっぽかされ窮地に陥る。 果たしてクルトとオスカーはギルドを無事に立ち上げランクを上げていくことができるのか? ギルドの仲間を増やして、ダンジョン攻略に挑めるのか? そして……クルトの隠されたスキル「異世界レシピ」の真の能力とは? ギルドハウスを整え、しかも畑も薬草畑も家畜も揃えて、いつのまにか快適住空間へ変貌し、追い詰められて挑戦したダンジョンのハズレドロップが美味しい調味料だったりして。 強くて気のよい仲間も増えていくオスカーのギルド。 そして…………クルトの正体は? ほぼ、テンプレ展開ですが、よろしくお願いします! ※更新は不定期です。 ※設定はゆるゆるで、ご都合主義です。ごめんなさい。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

転生少女の異世界のんびり生活 ~飯屋の娘は、おいしいごはんを食べてほしい~

明里 和樹
ファンタジー
日本人として生きた記憶を持つ、とあるご飯屋さんの娘デリシャ。この中世ヨーロッパ風ファンタジーな異世界で、なんとかおいしいごはんを作ろうとがんばる、そんな彼女のほのぼのとした日常のお話。

どうぞ二人の愛を貫いてください。悪役令嬢の私は一抜けしますね。

kana
恋愛
私の目の前でブルブルと震えている、愛らく庇護欲をそそる令嬢の名前を呼んだ瞬間、頭の中でパチパチと火花が散ったかと思えば、突然前世の記憶が流れ込んできた。 前世で読んだ小説の登場人物に転生しちゃっていることに気付いたメイジェーン。 やばい!やばい!やばい! 確かに私の婚約者である王太子と親しすぎる男爵令嬢に物申したところで問題にはならないだろう。 だが!小説の中で悪役令嬢である私はここのままで行くと断罪されてしまう。 前世の記憶を思い出したことで冷静になると、私の努力も認めない、見向きもしない、笑顔も見せない、そして不貞を犯す⋯⋯そんな婚約者なら要らないよね! うんうん! 要らない!要らない! さっさと婚約解消して2人を応援するよ! だから私に遠慮なく愛を貫いてくださいね。 ※気を付けているのですが誤字脱字が多いです。長い目で見守ってください。

処理中です...