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第48話 玲奈の軌跡

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 ———時は玲奈が転生する、いまわのきわまでさかのぼる。

 自然豊かな緑に囲まれた、神聖な領域に佇む玲奈。
 その目の前には、一人の女神じょせい
 類い稀な美貌に加え、女性ですら色香を感じてしまうほどの妖艶さを兼ね備えた女神メビウスは、死後まもない玲奈に向かい神々しさを放ちつつも、優しさを交えながら語りかけた。

「私はこの聖域を守護する女神。あなたはこれからまだ知らぬ地へと転生し、旅立つ時。その餞別として好きな願いをなんでも一つだけ、叶えてあげるわ。さあ、あなたの望みを言いなさい」
「その前に女神様! ……大和くん! 私と一緒に転落した大和くんは、どうなりましたか!? 教えてください!」

 女神メビウスは、玲奈の勢いにややたじろぎながらも笑みを絶やさない。
 右手がぽわっと煌めくと、銀の手鏡が具現化される。女神は一瞥すると、おもむろに玲奈へと鏡面を向けた。

「あああっ! や、大和くん……!」
「この彼のことね。……まだ生きているけど、もう虫の息ね。残念だけど生命の灯火が段々と薄くなっていってるから、死は確実よ」
「そ……そんな……」

 玲奈はがくりと項垂れると、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

「大和くん……ごめんね……。私なんかを助けようとしたばっかりに……ごめんなさい。ごめんなさいっ……!」

 顔を覆い泣き崩れる少女に近づき、女神メビウスはそっと肩に手を乗せる。

「あなたたちのいた世界は、私の管轄外。こうなってはもう、どうすることもできないの。新しい世界でもう一度、人生をやり直すといいわ」
「それなら大和くんと……同じ世界に行きたいです!」

 女神メビウスは、柳眉を下げると儚げな表情を浮かべ出した。

「……残念だけど、それは無理な相談ね。だってあなたのほうが先に死んだんですもの。その彼が自分自身の意思であなたと同じ世界に行きたいと願わない限り、不可能なの。もっとも、なんでも願いが叶えられるっていうのに、あなたと同じ世界に行きたいだなんて、言うはずがないわ」
「じゃあ、もし大和くんが同じ世界に来たら、今度は私が大和くんを守りたい。大和くんを守れるだけの力が欲しい……」
「力、ね……。それは叶えてあげられるけどね。あなたとその彼は出会うことはないかもしれないわよ。だって叶えてあげられる願いは一つだもの。それでもいいかしら?」

 玲奈は利発そうな瞳を細めて、暫く考え込んだ後、強い口調で言い放った。

「やっぱり、いや」
「……え? 今なんて?」
「大和くんと同じ世界に行きたい。そして大和くんを守る力も欲しい。お願いです、女神様! 私の願いをどうか両方とも、叶えてください!」

 女神メビウスは美しい顔のまま、目だけを大きく見開いて。

「……あなた……名前は?」
「えっ? ……玲奈。林玲奈です」

 次の瞬間、女神然たる相貌を崩しまくり、とろけた表情で玲奈に抱きついた。

「———んんんん!! かっわいい! 玲奈ちゃんかわいいっ! その一途なところがサイコーだわ! 恋する乙女って輝いてるよね? 眩しいわよね!? ほっぺもぷにぷにしているし、頭もよさそうだし、超私の好み!」
「ちょ、ちょっと!? め、女神様!? そんなに顔を擦り寄せないでください……!」
「そうだわ! もういっそのこと、私とここで暮らさない? 玲奈ちゃんさえよければすぐにでも……」
「いやです。大和くんと一緒にいたいです」

 女神メビウスはことのほかショックを受けたのか、驚き顔で飛び退くと、華奢な肩をしょんぼりと、さらに小さくしてしまった。
 少しフラつきながら、女神の責務をまっとうしようと、痛々しいくらい気丈に振る舞う。
 
「そ、そう……残念だけど、仕方ないわね。……でも玲奈ちゃん。いくつか存在する天界にも、厳しい掟があるのよぉ。女神わたしはね、玲奈ちゃんの真っ直ぐでキュートな姿を、超気に入っちゃったから、叶えてあげたいんだけど……」
「お願いです! そこをなんとか女神様のお力で、どうにかなりませんか!?」
「はぅわぁ!? そ、そんな目で私を見ないでぇぇぇ! 萌え死んじゃうぅぅ!」

 玲奈は両手を合わせてお願いポーズ。
 徐々に仮面が剥がれてきた女神メビウスには、なす術もなかった。

「……ふぅ仕方ないわねぇ。……いい、よく聞いてね、玲奈ちゃん。願いを二つ言う人は、稀にいるのね。だから方法がないわけじゃない。ただしその対価として、あるペナルティが発生するの」
「ペナルティ……。それは一体……どんなことですか?」

 玲奈は唾をコクリと飲み込み、女神メビウスの言葉を待った。

「……それは、大切なものを一つ、失うこと。玲奈ちゃんの場合だと、その彼の記憶……いや、前世の記憶を失うことになるわ」
「大和くんとの記憶が……なくなる……」
「ああああ! そんなに悲観しないでね! すぐに記憶がなくなるってわけじゃないの。通常転生するときには、前世の記憶を引き継ぐのが通例なんだけどね、この場合だと、ゆっくりと前世の記憶が薄れていき、依代よりしろとなる人格の記憶に、上書きされるってことになるかしら」
「……それだと女神様。仮に大和くんと出会うことができたとしても、意味がないのではないですか?」
「うう~ん! さすが玲奈ちゃん! いいところに気がつくわぁ!」

 女神メビウスは身を悶えさせながら、指を小さく横に振った。

「それは大丈夫。玲奈ちゃんの記憶がある内に、彼と会うことができたなら、記憶は元通りに戻るのよ。……まあ賭けに近いかもね。なんせ願いを二つ叶えるのだから」

 玲奈は再び思慮にふける。「真面目な顔の玲奈ちゃんも素敵だわぁ」と女神の揶揄を右から左へと聞き流し。
 そして、決心を固めた。

「それで構いません。大和くんともう一度、同じ世界で一緒にいられるかもしれないのなら。そして、今度は私が大和くんの力になれるのなら」


 ———そして玲奈は、クリスティとしてハラムディンへと転生する。

 
「……ああ、クリスティ! よかったよ、無事で」
 
 見慣れない男の顔が、自分を覗き込んでいた。

「んんっ……ここは……?」
「ここは50階層の居住階層ハウスフロアだ。もう目を覚まさないかと心配していたんだ」
「……そ、そうだ! 大和くんは? 大和くんはどこにいるの?」
「お、おい。な、何を言っているんだクリスティ」

 クリスティ———もとい玲奈はまだ、状況がよく飲み込めていない。

「……く、クリスティ? 私は玲奈です! それよりもおじさん、大和くんを知りませんか?」
「れ、レイナ……? ヤマト……? そ、それにお、おじさんって……。クリスティ。俺のことを忘れてしまったのか!?」

 マルクの沈痛な面持ちが、少女を優しく包み込む。

「ごめんなさい……思い出せないです……」
「そうか……外魔獣モンスターに深い傷を受けて、二、三日昏倒していたからな。……とりあえず、今はゆっくり休むんだ。傷が癒えて回復すれば、きっと記憶もそのうち元に戻るさ」

 それから数日間、玲奈は体の回復に努めつつ、薄れゆく記憶を繋ぎ止めることに必死だった。
 目を覚ますと少しずつ、大和のことが曖昧になっていく、恐怖の日々。
 寝る前には必ず、大和のことを思い出す。しっかりと忘れないように。
 そして目覚めると、大切な何かが一つずつ確実に欠けていた。

 二週間もするとすっかりい傷も癒え、起き上がれるくらいに回復した玲奈は、完全にクリスティとして別の人生を歩み始めることとなる。

「マルクさん。今日まで介抱してくれてありがとう。そして心配かけてごめんなさい」
「おお! クリスティ! ようやく起き上がれるようになったか!」
「それで……ヤマトくんのことは、もういいのか?」
「……? ヤマト……? 誰のことですか? それ」
「あ、いや。覚えていないならいいんだ。さあ、貯蓄も底を尽きてきたし、明日からバリバリとアイテム稼ぎをしなきゃいけないな!」
「ええ!」
「あとは、仲間だな。今回のことで俺は痛感した。やはり二人だと、この先厳しいだろう。せめてあともう一人、仲間を増やしたいところだな」
「そうですね! 優しくて頼れるお兄ちゃんみたいな仲間だと、私は嬉しいかなぁ」

 ———玲奈の誤算は、大和が粘り強く生き長らえ、女神メビウスとの邂逅が遅れたことだった。
 その僅かな時間差が、下界では半年ほどの誤差を生むとは露知らずに。
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