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第5話 逃げても無駄なら戦うまで!

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 呼び止める衛兵の声を掻い潜り、下層へと続く階段を降り終わる。俺は薄暗い迷路ダンジョンに足を踏み入れた。
 各フロアを繋ぐ階段は一つのみ。だけどここはまだ87階層で末広がりピラミッドの上層部。
 そんなに広大な面積はないと、たかを括っていたけれど。

(……結構広いじゃねーかぁぁぁ!)

 まるで進路を示さない幻惑する道を迷い歩き、下層へ続く階段を探し彷徨う。
 迷路ダンジョン内は喧騒の欠片もない。しん、と静寂が耳朶を打つ。
 唯一の音は、俺自身の足元から発する微かな歩音。タイルのように石が綺麗に並べられた迷路を右往左往していると、長い通路のさらに奥から明らかな不協和音が聞こえてきた。
 
 獰猛な肉食獣を彷彿とさせる呻き声。
 それは確実に俺へと近づいている。

 不気味なそれを回避しようにも、俺はすでにこの階層で迷子状態。上層階に戻る道すら分からない。俺の喉元に戦慄を突きつける声の発生源は、少しずつ距離を詰めてくる。
 そして長い通路を挟んでその端と端、互いにひょっこり顔を覗かせるようにソレと遭遇した。

 長い牙と、四足歩行でも俺の身長を遥かに超える体躯。
 明らかに勝てる相手ではないと、俺の本能が訴えかける。
 が、それを遮って。
 
(ここで逃げたって、何も変わらねぇよな? 玲奈を探すなら、避けて通れないことだろぉがぁ!)

 自分の生存本能に激しく抵抗した。

 こんな外魔獣モンスターがいる世界。あの優しくてか弱い玲奈がこんなところで長く生きていられる筈がない。

 なら、前に進むだけだ。よく言えば怖いもの知らずなところは俺の取り柄。
 相手が身構えるより先に、俺は通路を疾風の如く駆け出した。腰の剣をスラリと抜く。

『グアァァァ!?』

 体制を整え体をこちらに向け構える頃には、俺はすでに間合いに入っていた。
 スライディングしながら、外魔獣モンスターの横をすり抜け一閃。
 左前脚を深く斬り抉った。

『グギャアアアアァァァ———!!』

 外魔獣モンスターは憤怒が入り混じった疼痛とうつうの雄叫びを上げる。
 後ろ脚を立て、棹立ちになる。頭が天井に到達しそうなほど大きい。そこから重力の力を味方につけた右前脚の打ち下ろし。
 まともに受ければ、一撃で圧死。跳ね続ける鼓動と脳裏を覆う恐怖をなんとか断ち切り、切迫する獰猛な攻撃を横に回避。そのまま飛び上がるようにガラ空きとなった腹に、渾身の切り上げをお見舞いした。

 決して自惚れてたわけじゃない。だけどそれなりのダメージは与えられるとは確信できた。それほど絶妙なカウンター。
 しかしその予想は大きく裏切られる。
 切り上げた剣が徐々に勢いを失って、とうとう弾かれた。

(……か、硬い!)

 唖然とする俺に、傷口から緑の鮮血を飛び散らせ左前脚の横殴りが伸びてくる。考えるよりも咄嗟に体が反応しバックステップ。眼前を鋭い風が通り過ぎ、前髪が荒々しくなびく。どうにか皮一枚の犠牲だけで、躱すことに成功した。

 鼻先からプクッと赤い玉が滲むと、ポタリポタリと血が滴る。それを右手で拭き伸ばし、両者は間合いを取り直す。次の先手は外魔獣モンスターだった。

『グオアアアアアアアャァァ———!!』

 身もすくむ咆哮を初弾として、四肢を蹴り間合いを詰めて起き上がり、前脚での連続攻撃。
 食らえばタダではすまないのはもちろん、防御だってできやしない。受けに回ればそのまま吹き飛ばされて、行動不能。その後は蹂躙されるがままになる。
 防戦一方。集中力を一瞬でも欠けば、そこで終わり。
 屈んで、横に跳ね、後ろに下がる。死の舞を踊らされながらも、俺はタイミングを測っていた。
 相手の攻撃は一撃必殺の恐怖はあるが、単調だ。次第に体がそのリズムを覚えていく。

「———ここだぁ!」

 左前脚の横払いを屈んで躱した後、斜め上から唸りを上げる右前脚の打ち下ろしを、最小限の動作で回避する。鉤爪が俺の左肩を浅く抉り、鮮血が舞い、鈍痛が走る。
 眉根を寄せて痛みを堪え伸び切った右前脚に、渾身の力をこめて剣を振り下ろした。緑色の体液が激しく吹き出し、壁や天井を染めて上げていく。俺は外魔獣モンスターの右前脚を切断した。

『グオギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ———!!』
「よ、よし!」

 それは油断と呼ぶにはあまりにも厳正な、ちょっとした気の緩み。深傷を負った外魔獣モンスターが電光石火に身を低くして、捨て身で突進してくるなんて。
 怒りに我を忘れた強烈な頭突き。それを無防備な腹に喰らってしまった。

「ぐほおおおおおおおおおぉぉ!」

 俺は五メートルほど吹っ飛ばされて、床に体を打ちつける。だがその勢いは止まらない。そのまま錐揉み状に二度三度バウンドする。床の冷たさが頬に伝わることで、ようやく動きが止まったと自覚する。

 身体中の関節がバラバラになったように、痛い。熱い。

 剣に体を預けながら、俺はそれでも立ち上がった。その様は糸を絶たれたマリオネットのように滑稽だ。

 ぼやける視界に映し出された外魔獣モンスターがゆっくりと近づいてくる。もうこの獲物は動けないだろうと、捕食を確信した間合いの詰め方だ。
 
「く、くそぅ……こんなところで……俺は玲奈を……探し出すんだぁ!」
 
 腹の底から叫んでみても、筋を切られ骨を砕かれた体は無情にも動いてはくれない。
 外魔獣モンスターが醜く裂けた口から涎を滴らせ、一歩、また一歩と俺との距離を詰めてくる。

 ボロボロの体で唯一、俺の意思に同調してくれる眼光だけを、近づきつつあるモンスターに鋭く向けたその時。

 俺の後方から放たれた火球が、外魔獣モンスターの胸部に炸裂した。
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