夢の中の君は、今。

蒼之海

文字の大きさ
上 下
29 / 31

第29話 199X年 9月 3/3

しおりを挟む
 夕方5時頃に遊園地に着く。
 今月一杯まで夜の9時までナイト営業をしている、比較的小さな遊園地だ。
 子供が喜びそうな汽車のアトラクションに乗ると、俺はポケットから使い捨てカメラを取り出した。


「海行った時、あまり写真撮らなかったから、持ってきたんだ」

「わーい! 撮ろう撮ろう!」


 お互いを写し合い、最後は肩を寄せて手を伸ばし、自撮りをする。その後いくつかアトラクションを楽しんだ後、園内のレストランに入った。

 メニューはあまり多くなく、クラブサンドとハンバーガーを適当に頼み、互いに取り分け合う事にする。車なのでジュースで乾杯すると、絵未は嬉しそうに色々な話題を持ち出してきた。


 ご機嫌の時、絵未はよく喋った。今日はとても口数が多い。

 遊園地に連れて来て、よかったなぁ。

 ころころと笑う顔に赤のチェックのシャツがよく映える。絵未のお気に入りの洋服の一つだ。

 ぼんやりと話半分で絵未の喜ぶ顔を見ていると、絵未の口調がちょっとだけ強くなった。



「———ちょっと武志くん? 聞いてるの!?」

「あ、ごめんごめん。絵未ちゃんの顔に見とれてた」

「……ホッント! そういう返しは天下一品なんだから! このスケコマシ!」


 ……いや、本当に見とれてたんだけど……。でもそれ言うと、照れて黙っちゃうか、さらに煽りを入れてくるかのどっちかだからな……。今日は、絵未が気持ちよく過ごせるようにしてあげよう。

 なので、ここでの正解は「更に謝る」だ。


「ごめん。許してって。……で、なんだっけ話題。もう一回教えて。お願い」

「だからね。もし子供が欲しいとしたら、男の子か女の子、どっちがいいっかて話」


 ストローで飲んでたジュースが逆流した。


「ゴホッ……な、ちょっと絵未ちゃん。……まだ気が早いんじゃない?」

「ちがーう! そう言う意味じゃないのー! 純粋に子供を持つならどっちがいいかって事!」


 ふーむ。考えた事もなかったなぁ。今日の絵未はキレッキレだなぁ。
 俺は真面目に考えた後、絵未に答えた。


「……女の子、だな。うん、女の子」

「……なんで?」

「だってさ、『パパと結婚したーい』とか、言ってくるんでしょ? ウチは弟しかいないから分からないけど。それにさ、子供が大きくなっても、おっさんにならないで若い姿を保っていれば、『○○ちゃんちのパパ、カッコいいよねー』とか言われたりするでしょ?」

「はい、ダウト!」

「なんでダウトなんだよ!」


 絵未がにやけながら拳を突き出してきた。


「まず一つ目。私は『パパと結婚したーい』とか思いませんでした。必ずしもそうとは限りません。それは男親の幻想です。そして二つ目。武志くんだって、歳をとります。そして確実にお腹が出てきます」


 そう言いながら、指を一本ずつ立てていく。


「なんだよ! 男の夢を踏み躙らないでくれよ! じゃあ絵未ちゃんは、どっちなの?」

「絶対男の子!」

「……その心は?」

「だってさ……自分が大好きな人とそっくりな男の子が、成長していく姿が毎日見られるんだよ。こんなに幸せな事って、ないと思うの」


 その言葉が俺の胸に突き刺さった。俺が女の子と答えた根本が、全く違う。絵未はどこまでも、好きな人の事が大前提なのだ。自分よがりな俺の回答が、とてもにちっぽけに思えてくる。

 絵未には幸せになってもらいた。心からそう思った。


 ……でも悔しいから、ちょっと意地悪言ってやろう。


「でも絵未ちゃん。男の子って、女親に似るってよく言わない?」

「そこは気合で! なんとかする!」


 ……なんでそこだけ根性論!? おかしくて俺が笑い声をあげると、絵未もつられて笑い出した。


「フフフフ……それにね、一つ、絶対したい事があるんだ」

「何、何? 教えてよ」
 
「どんなに歳をとっても手を繋いで、一緒に歩く事。……素敵だと思わない? 武志くんがぽっこりお腹になっても、手を繋いで歩いてあげるからね」

「じゃあ絵未ちゃんも努力して、お肌の張りを保ってね」


 絵未は一瞬だけ頬を膨らませると、いつもの優しい笑顔を俺に向けた。




 閉園間際になり、出口へと向かう。人の気配はない。俺はキョロキョロ辺りを見回していた。

「……どうしたの武志くん。何か忘れ物?」

「いや……ちょっと待って……あ、人いた! ……すみませーん! あの、写真撮ってもらえないでしょうか?」

「ああ、いいよ」


 見知らぬ中年男性は快く引き受けてくれた。俺は使い捨てカメラを手渡すと、オブジェの前まで移動する。


「すみませんが、ここを背景にお願いします」

「はい。じゃあ用意はいいかな?」


 中年男性がカメラを覗き込む。俺は絵未の手を握った。


「はい、チーズ」


 フラッシュが瞬き、笑顔の絵未を照らし出す。


「はい、上手く撮れていなかったらごめんね」

「いえいえ。ありがとうございました」


 中年男性から使い捨てカメラを受け取ると、俺は軽く頭を下げた。


「……一緒に写真撮れて、よかった」

「うん。俺たち最初は内緒で付き合ってたし、共通の友人が少ないでしょ。だから、ちゃんと二人で並んで写真、撮りたかったんだ」

「焼き増ししてちょうだいね。絶対だよ」

「うん。もちろん」


 俺は絵未の細い肩を抱き寄せた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...