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第26話 199X年 8月 4/4
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釈然としないまま始まったささやかな晩酌も、気がつけばホテルに備え付けの冷蔵庫にあるアルコールは全て飲み干していた。絵未も普段はあまり飲まないお酒を楽しんでいる様子だ。もうすでに酎ハイ三本目に突入している。
「……た、隊長! 大変であります!」
「阿藤上等兵、何事だね」
「我が軍の弾薬(お酒)が……底を尽きましたぁ!」
「むむむ……これは看過できない事態であるな。……で、対応策は如何に?」
「はっ! 恐れながら! 同盟国の「フロント」へ電話を入れれば、弾薬(お酒)の補給は可能ですが、予算的に厳しいかと……」
「ええい! 敵前で怯むとはそれでも貴様、兵士なのか!? 国家予算はいくらでもある……好きなだけ補給を頼みたまえ!」
「はっ! かしこまりました! ……あ、すみませーん。ビールのロング缶三本とレモン酎ハイ二缶、追加で持ってきてください。……えっ? アサヒかキリンどちらがいいかって? じゃあキリンでいいです」
フロント直通の受話器をガチャリと置くと、二人して大声で笑い合った。
こんな茶番ができてしまうほど、すっかり出来上がってしまっている。ベッドの上はすでに宴会場になっていた。
追加の酒が部屋に届く。ビールを開けて半分くらい飲み干すと、頬を桜色に染めた絵未が、こちらを見ながらにこにこしていた。
「楽しいねぇ~武志くん~」
「ああ。俺もこんなに飲んだのは久しぶりだよ。そういえば俺たちの送別会でも絵未ちゃん、終電まで残ってくれてたけど、あの時も結構飲んでたよね?」
「そりゃ~そ~ですよぉ。愛しの愛しの武志くんが、2号店からいなくなるんだもん。なんかそれを実感しちゃってね、途中で何回もトイレに行って、泣いてたんだよぉ~」
「えええ! そうなのぉ?」
「だから、それを誤魔化すためにたくさん飲んだの。そうすれば目が赤くっても、酔ってるって思われるだけで済むでしょ?」
「そうだったんだ……なんかゴメンね。ところで2号店では、もう俺たちの事、知れ渡ってるの?」
「うん。武志くんたちが本店に戻った後、『実際どうなんですか?』って質問攻めだった。だからハッキリ言ったの。『彼氏だよ』って~」
「そっか……コソコソしながら付き合うのも、いい加減疲れたしね。よかった」
「……本当にそう思ってる? 実は『バレない方が2号店の女の子にちょっかい出せたのに!』とか、思ってるんじゃないの? どうだ? この! 女ったらしめ! 正直に言え!」
絵未が自分の拳を俺の胸に当て、ぐりぐりっとしてくる。ここまでっ酔っ払った絵未は、初めて見るなあ。それに……もうちょっと手加減してって。いててててて。
「そ、そんな事思ってないって。俺は絵未ちゃん一筋だから……ほ、本気で痛いんで、そろそろやめてくんない?」
「まあ……武志くんの名誉のために教えてあげるかぁ。……それ聞いて、本気で残念がってた女の子が二人ほどいました。私の告発のおかげで、か弱き二人の乙女の貞操を、武志くんの毒牙から守る事ができたのです!」
「……ちぇっ」
「あ! 聞こえたぞ! 今、舌打ちした! やっぱりだな! 私の監視がなくなったら、手を出そうと思ってたんだな!」
「ウソウソ! 冗談だって! あんまりぐりぐり痛いから、ちょっとお返ししてやろうかと……」
絵未は手に持った三本目の酎ハイを、クイっと一気飲みする。俺が差し出した四本目を受け取ると、蓋開けないまま膝の上に置き、顔を少し俯けた。
「それにね、愛美ちゃんも2号店に戻ってきた社員さんと、ちゃんとヨリが戻ったみたい」
そうだった。絵未がショートにしてから、愛美は絵未を敵視していたのだ。ろくに口を聞いてくれないとも言っていた。
「愛美ちゃんがね『いろいろあったけど、仲良く仕事しよう』って言ってくれたの。……ちょっとホッとしたんだ」
女なんて現金なものだな……なんて思ったけど、口に出すのはやめておこう。
そんな事よりも、今日は絵未に伝えたい事があるんだ。
「絵未ちゃん……ちょっと真面目な話、していい?」
「飲まなきゃ聞けない様な話?」
「んー。そうでもないけど飲みながらでいいや。俺もそっちの方が話しやすいかも」
その言葉を聞いた絵未は、膝の上の酎ハイの蓋を開けた。俺も新しくビールの蓋を開ける。
「俺、来月で本店、辞める事にする」
「……うん。いつかそうなると予想はしてた。体、壊れちゃうもんね」
「それもあるけどね。やりたい事があるんだ」
「何をやりたいの?」
「……音楽。俺、曲を作りたいんだ」
俺が高校を卒業して、バイトと遊びに明け暮れていた時でも、ずっと考えていた事だ。
あの時は時間があった。いつかやろうと思っていた。だけど自分勝手に理由を作り、やりたい事を頭の隅に追いやっていた。
そして、自分の時間が制限されている今、その気持ちは徐々に大きくなっていた。
……自分の気持ちに素直になる。それを絵未が教えてくれた。
「そういえば武志くんの部屋の隅っこに、ギター置いてあるもんね。あまり使ってないようだけど」
「うん……まあ、演奏者じゃなくて作曲の方だから、上手く弾けなくてもいいんだけどね。だから、本店を辞めてもう少し自分の時間が作れる仕事に就こうと思ってる。……バイトかもしれないけどね」
「武志くん、車、買い替えたいって言ってたじゃん。……それはいいの?」
「うん。やりたい事を本気でやる為なら、別に車なんていらない。……それに、まだもう少しは走るでしょ。あの車も」
俺は絵未が持っていた酎ハイを取り上げると、自分のビール缶も枕元の棚に置き、絵未を抱きしめた。そしてそのまま倒れ込む。
「俺も今年で22歳になる。しっかりしなきゃって気持ちもあるけど……二年。二年だけ待って欲しい」
「……それってもしかして……プロポーズ?」
「ば、バカ! ち、違うよ! ちゃんと自分のやりたい事と向き合ってケジメをつけるまで、二年待ってって事!」
「……ちぇ、プロポーズでもよかったのに……」
「……ん? なんか言った?」
「いーや。何も言ってませーん」
胸の中にある絵未の顔に、自分の顔を近づけた。
「だって……嫌だろ? いい歳した彼氏が、いつまでもフリーターとかって。だから二年って決めたんだ」
「ねえ……もしもだよ。もし……二年頑張ってダメだったらどうするの?」
「その時はスッパリと諦めて、ちゃんと定職に就く。そして……」
「そして?」
「その時に言うよ」
その言葉を最後に、唇を重ね合う。それをしばらく続けていると、絵未の口から寝息が聞こえてきた。
その心地よい寝息を耳にしながら、絵未を包み込む様に抱きしめる。綺麗に整った卵形の頭を撫でていると、俺もアルコールの力に勝てなくなり、そのまま気持ちよく眠りについた。
「……た、隊長! 大変であります!」
「阿藤上等兵、何事だね」
「我が軍の弾薬(お酒)が……底を尽きましたぁ!」
「むむむ……これは看過できない事態であるな。……で、対応策は如何に?」
「はっ! 恐れながら! 同盟国の「フロント」へ電話を入れれば、弾薬(お酒)の補給は可能ですが、予算的に厳しいかと……」
「ええい! 敵前で怯むとはそれでも貴様、兵士なのか!? 国家予算はいくらでもある……好きなだけ補給を頼みたまえ!」
「はっ! かしこまりました! ……あ、すみませーん。ビールのロング缶三本とレモン酎ハイ二缶、追加で持ってきてください。……えっ? アサヒかキリンどちらがいいかって? じゃあキリンでいいです」
フロント直通の受話器をガチャリと置くと、二人して大声で笑い合った。
こんな茶番ができてしまうほど、すっかり出来上がってしまっている。ベッドの上はすでに宴会場になっていた。
追加の酒が部屋に届く。ビールを開けて半分くらい飲み干すと、頬を桜色に染めた絵未が、こちらを見ながらにこにこしていた。
「楽しいねぇ~武志くん~」
「ああ。俺もこんなに飲んだのは久しぶりだよ。そういえば俺たちの送別会でも絵未ちゃん、終電まで残ってくれてたけど、あの時も結構飲んでたよね?」
「そりゃ~そ~ですよぉ。愛しの愛しの武志くんが、2号店からいなくなるんだもん。なんかそれを実感しちゃってね、途中で何回もトイレに行って、泣いてたんだよぉ~」
「えええ! そうなのぉ?」
「だから、それを誤魔化すためにたくさん飲んだの。そうすれば目が赤くっても、酔ってるって思われるだけで済むでしょ?」
「そうだったんだ……なんかゴメンね。ところで2号店では、もう俺たちの事、知れ渡ってるの?」
「うん。武志くんたちが本店に戻った後、『実際どうなんですか?』って質問攻めだった。だからハッキリ言ったの。『彼氏だよ』って~」
「そっか……コソコソしながら付き合うのも、いい加減疲れたしね。よかった」
「……本当にそう思ってる? 実は『バレない方が2号店の女の子にちょっかい出せたのに!』とか、思ってるんじゃないの? どうだ? この! 女ったらしめ! 正直に言え!」
絵未が自分の拳を俺の胸に当て、ぐりぐりっとしてくる。ここまでっ酔っ払った絵未は、初めて見るなあ。それに……もうちょっと手加減してって。いててててて。
「そ、そんな事思ってないって。俺は絵未ちゃん一筋だから……ほ、本気で痛いんで、そろそろやめてくんない?」
「まあ……武志くんの名誉のために教えてあげるかぁ。……それ聞いて、本気で残念がってた女の子が二人ほどいました。私の告発のおかげで、か弱き二人の乙女の貞操を、武志くんの毒牙から守る事ができたのです!」
「……ちぇっ」
「あ! 聞こえたぞ! 今、舌打ちした! やっぱりだな! 私の監視がなくなったら、手を出そうと思ってたんだな!」
「ウソウソ! 冗談だって! あんまりぐりぐり痛いから、ちょっとお返ししてやろうかと……」
絵未は手に持った三本目の酎ハイを、クイっと一気飲みする。俺が差し出した四本目を受け取ると、蓋開けないまま膝の上に置き、顔を少し俯けた。
「それにね、愛美ちゃんも2号店に戻ってきた社員さんと、ちゃんとヨリが戻ったみたい」
そうだった。絵未がショートにしてから、愛美は絵未を敵視していたのだ。ろくに口を聞いてくれないとも言っていた。
「愛美ちゃんがね『いろいろあったけど、仲良く仕事しよう』って言ってくれたの。……ちょっとホッとしたんだ」
女なんて現金なものだな……なんて思ったけど、口に出すのはやめておこう。
そんな事よりも、今日は絵未に伝えたい事があるんだ。
「絵未ちゃん……ちょっと真面目な話、していい?」
「飲まなきゃ聞けない様な話?」
「んー。そうでもないけど飲みながらでいいや。俺もそっちの方が話しやすいかも」
その言葉を聞いた絵未は、膝の上の酎ハイの蓋を開けた。俺も新しくビールの蓋を開ける。
「俺、来月で本店、辞める事にする」
「……うん。いつかそうなると予想はしてた。体、壊れちゃうもんね」
「それもあるけどね。やりたい事があるんだ」
「何をやりたいの?」
「……音楽。俺、曲を作りたいんだ」
俺が高校を卒業して、バイトと遊びに明け暮れていた時でも、ずっと考えていた事だ。
あの時は時間があった。いつかやろうと思っていた。だけど自分勝手に理由を作り、やりたい事を頭の隅に追いやっていた。
そして、自分の時間が制限されている今、その気持ちは徐々に大きくなっていた。
……自分の気持ちに素直になる。それを絵未が教えてくれた。
「そういえば武志くんの部屋の隅っこに、ギター置いてあるもんね。あまり使ってないようだけど」
「うん……まあ、演奏者じゃなくて作曲の方だから、上手く弾けなくてもいいんだけどね。だから、本店を辞めてもう少し自分の時間が作れる仕事に就こうと思ってる。……バイトかもしれないけどね」
「武志くん、車、買い替えたいって言ってたじゃん。……それはいいの?」
「うん。やりたい事を本気でやる為なら、別に車なんていらない。……それに、まだもう少しは走るでしょ。あの車も」
俺は絵未が持っていた酎ハイを取り上げると、自分のビール缶も枕元の棚に置き、絵未を抱きしめた。そしてそのまま倒れ込む。
「俺も今年で22歳になる。しっかりしなきゃって気持ちもあるけど……二年。二年だけ待って欲しい」
「……それってもしかして……プロポーズ?」
「ば、バカ! ち、違うよ! ちゃんと自分のやりたい事と向き合ってケジメをつけるまで、二年待ってって事!」
「……ちぇ、プロポーズでもよかったのに……」
「……ん? なんか言った?」
「いーや。何も言ってませーん」
胸の中にある絵未の顔に、自分の顔を近づけた。
「だって……嫌だろ? いい歳した彼氏が、いつまでもフリーターとかって。だから二年って決めたんだ」
「ねえ……もしもだよ。もし……二年頑張ってダメだったらどうするの?」
「その時はスッパリと諦めて、ちゃんと定職に就く。そして……」
「そして?」
「その時に言うよ」
その言葉を最後に、唇を重ね合う。それをしばらく続けていると、絵未の口から寝息が聞こえてきた。
その心地よい寝息を耳にしながら、絵未を包み込む様に抱きしめる。綺麗に整った卵形の頭を撫でていると、俺もアルコールの力に勝てなくなり、そのまま気持ちよく眠りについた。
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