24 / 31
第24話 199X年 8月 2/4
しおりを挟む
O海岸は人で溢れ返っていた。お盆に入ったばかりの8月中旬だ。多少の混雑は仕方ない。俺は車内で手早くサーフパンツに着替えを済ます。絵未は海に浸からない事が前提だったけど、出発前に一応は水着は着込んでいた。下はショートデニムだ。
「じゃあ、場所取りをしようか」
家から三時間弱はかかるこの海岸には、俺も来た事がない。海の家で飲み物を買うついでにサーフィンができるエリアを尋ねると、意外と遠くまで歩く場所だという事が分かった。
「サーフィンって、いつもこんな端っこの方でやるの?」
麦わら帽子を被り、トートバッグを担いだ絵未が後ろを歩きながら聞いてくる。
「いや、夏の海水浴シーズンの時だけだよ。夏は遊泳区域が作られちゃうからね。それ以外は大体好きな場所で波乗りできるよ」
「そうなんだぁ。私、サーフィンを間近で見るのは初めて。ちょっと楽しみ」
「まあ見てろって。カッコイイ所、見せてあげるから」
とは言ったものの、昼過ぎの海は比較的穏やかだ。サーフィンにはやはり明け方の波が一番いい。幾度かトライしたものの、長い時間乗れる様な波は立たなく、俺は小一時間で諦めて浜辺に戻った。
「ちょっとだけしか、波に乗れなかったね」
「うん。波が完全に凪いじゃってるからなぁ。しかたないよ。……ねえ、せっかくだからさ、ちょっとだけ、一緒に海、入ろうよ」
「えー。でも完全には入れないよ」
「波打ち際でボール遊びだけでも楽しいじゃん。さ、行こう」
波打ち際まで行き、ビーチボールで遊んだり、ちょっと意地悪をして海水をかけたりする。その度に絵未は笑ったり、頬を膨らませたり、ころころと表情を変えてはしゃいでくれた。
ひとしきり遊び終わると、体の力がカクンと抜ける。いよいよ限界かもしれない。
一泊二日のこの旅行。連休なんて取れない俺は、夜勤明けのまま出発した強行軍での旅行なのだ。流石に眠い。荷物を置いたレジャーシートに戻ると、俺はさすがにダウンした。
「……ごめん絵未ちゃん。ちょっとだけ寝かせて」
「うん。いいよ。夜勤明けで寝てないもんね」
「じゃあお願い。……膝枕、してくれない? そしたら短時間でスッキリ寝られるから」
「え、えええ? だってでも私……今日……」
「大丈夫! お願い! スパッと寝て、すぐに体力を回復させたいんだ。膝枕してくれたら、きっとすぐ回復すると思うんだけどなぁ……」
その言葉に、絵未は渋々ながらも了解してくれた。俺は絵未の膝の上に頭を置く。
濡れた前髪が目に入らないように、絵未が優しく手でかき分けてくれた。
絵未が逡巡する理由は俺にだって分かる。……だけど、絵未が発するものならどんな言葉でも、例えそれが女性特有の匂いでも、俺は心地よく感じられる。
目を瞑ると案の定、あっさりと深い眠りに落ちていった。頭の下と嗅覚に絵未を確かに感じながら……。
約束通り一時間で目が覚めると、眠気はすっかり解消された。
絵未効果、すごいな。
「すごい気持ちよさそうに寝ていたよ。武志くんの寝顔、本当に見ていて飽きないね」
「……そう? また寝言言ってたりした?」
「残念ながら、今日はイビキのみでした」
たわいもない会話をしながら、サーフボードを車に積んで、常備しているポリタンクを車から下ろす。手動だが数回押すと空圧でシャワーが出る、優れもののポリタンクだ。
「じゃ、絵未ちゃん。砂がついているところ、出して」
俺は絵未の手足をさすりながら、シャワーで砂を洗い流していく。
「ひゃ!? 冷たいねー! ……そういえば武志くん、冬でもサーフィンに行くんでしょ? 夏でもこんな冷たいのに、大丈夫なの?」
「ああ、冬はフルスーツって言って手足までしっかり覆われたウェットスーツを着込むんだ。ブーツやグローブつけたりしてね。それにこのポリタンクには、グツグツに煮たお湯を入れておくんだよ。海から上がる頃にはちょうどいい温度になって、気持ちいいんだ。着替えてる時は寒いけどね」
「へー! いつか冬にも連れてってね、サーフィン」
「いいよ。寒いから、見ている方も大変だと思うけどね」
着替えが終わると、夕食を食べるところを探すため、車をブラブラと走らせる。
「あ、あのお店! 良さそうじゃない!」
「待て待て。もうちょっと走ったら、もっと良さそうな店があるかもしれないよ。ここは我慢だ」
結局繁華街の街道を一往復半した後で、その地ならではのお店に入る。
残念ながら味は驚くほど美味しくなく、そこそこ食べられる程度だった。
「うーん。イマイチだったかなぁ。やっぱあっちのお店にしとけばよかったかなぁ」
「はは。仕方ないよ。また今度ここに来たときは、絶対あっちの店にしよう」
「うん! そうしよう! これでまた『一緒に行くところリスト』が増えたね」
「そうだね。さーて、満室になる前にホテル、探さないと。最悪車中泊になるよ」
「うげぇ! それは絶対いやぁ! 早くホテル入ろう!」
街道沿いに建ち並ぶラブホテルは、予想以上に空いていた。その中から絵未が気に入った外観のラブホテルに入る。室内は結構広く、大きな丸いベッドが備え付けられていた。
俺たちは広い広いベッドへとダイブした。
「うわー広い広い! それにふかふか! ここにしてよかったねぇ!」
「そうだね……さすが遊び人の絵未さん。ラブホ選びにもお目が高く、感服いたしました」
「おっと! それは私に対しての挑戦状とお見受けしますが? よろしくて?」
「だって『どうせ武志くんは、何十回もこういうところに来てるんでしょ!』って、言われると思ったから。先手を打とうと思いまして」
「どうせ武志くんは、何十回もこういうところに来てるんでしょ!」
「一言一句、間違えずに言い直すなよ!」
「私は……こーゆーところ、あまり来た事がないからさ。なんか新鮮だよ」
「へー。そうなんだ……あ、そっか。元カレとは家が意外に近いもんね」
「……うん。まったく初めてって訳じゃないけど、数回くらいしか来た事ないよ……って、武志くん、こーゆー話聞いても平気なの!?」
「うん。俺は過去には拘らないタイプだから。別に元カレとの事を聞いても平気だよ」
絵未のアーモンドアイがくりくりになって俺を見る。……やばい! こういう時は必ずと言っていいほど波乱が起きる予感が……。
「はぁ……多分、そこなんだよね。武志くんがモテるところ」
「……はぁ?」
「前だけを向いてるっていうか、後ろを振り向かないじゃない? そういう姿って、女の子は惹かれちゃうんだよね、結構」
「いや……俺だって振り向いたり、後悔したりしますって」
「だけど他人の過去は、詮索しないじゃない? そういう人と一緒にいると『ああ、私も一緒に前を向けるんだ』って思えるの。きっとその姿勢に、惹かれていくんだよねぇ。顔も男前だし」
「ど、どうしたの今日は。やたら俺を持ち上げるけど……熱でもあるの?」
「たまには褒めさせてよぅ! ……前を向いている武志くんが好き。私たち、ずっと一緒にいられるかな?」
「……ああ。きっとずっと一緒にいられると思うよ……」
その言葉を聞いた絵未は、自分の顔をいつもの定位置———俺の胸に押し付けてきた。
「じゃあ、場所取りをしようか」
家から三時間弱はかかるこの海岸には、俺も来た事がない。海の家で飲み物を買うついでにサーフィンができるエリアを尋ねると、意外と遠くまで歩く場所だという事が分かった。
「サーフィンって、いつもこんな端っこの方でやるの?」
麦わら帽子を被り、トートバッグを担いだ絵未が後ろを歩きながら聞いてくる。
「いや、夏の海水浴シーズンの時だけだよ。夏は遊泳区域が作られちゃうからね。それ以外は大体好きな場所で波乗りできるよ」
「そうなんだぁ。私、サーフィンを間近で見るのは初めて。ちょっと楽しみ」
「まあ見てろって。カッコイイ所、見せてあげるから」
とは言ったものの、昼過ぎの海は比較的穏やかだ。サーフィンにはやはり明け方の波が一番いい。幾度かトライしたものの、長い時間乗れる様な波は立たなく、俺は小一時間で諦めて浜辺に戻った。
「ちょっとだけしか、波に乗れなかったね」
「うん。波が完全に凪いじゃってるからなぁ。しかたないよ。……ねえ、せっかくだからさ、ちょっとだけ、一緒に海、入ろうよ」
「えー。でも完全には入れないよ」
「波打ち際でボール遊びだけでも楽しいじゃん。さ、行こう」
波打ち際まで行き、ビーチボールで遊んだり、ちょっと意地悪をして海水をかけたりする。その度に絵未は笑ったり、頬を膨らませたり、ころころと表情を変えてはしゃいでくれた。
ひとしきり遊び終わると、体の力がカクンと抜ける。いよいよ限界かもしれない。
一泊二日のこの旅行。連休なんて取れない俺は、夜勤明けのまま出発した強行軍での旅行なのだ。流石に眠い。荷物を置いたレジャーシートに戻ると、俺はさすがにダウンした。
「……ごめん絵未ちゃん。ちょっとだけ寝かせて」
「うん。いいよ。夜勤明けで寝てないもんね」
「じゃあお願い。……膝枕、してくれない? そしたら短時間でスッキリ寝られるから」
「え、えええ? だってでも私……今日……」
「大丈夫! お願い! スパッと寝て、すぐに体力を回復させたいんだ。膝枕してくれたら、きっとすぐ回復すると思うんだけどなぁ……」
その言葉に、絵未は渋々ながらも了解してくれた。俺は絵未の膝の上に頭を置く。
濡れた前髪が目に入らないように、絵未が優しく手でかき分けてくれた。
絵未が逡巡する理由は俺にだって分かる。……だけど、絵未が発するものならどんな言葉でも、例えそれが女性特有の匂いでも、俺は心地よく感じられる。
目を瞑ると案の定、あっさりと深い眠りに落ちていった。頭の下と嗅覚に絵未を確かに感じながら……。
約束通り一時間で目が覚めると、眠気はすっかり解消された。
絵未効果、すごいな。
「すごい気持ちよさそうに寝ていたよ。武志くんの寝顔、本当に見ていて飽きないね」
「……そう? また寝言言ってたりした?」
「残念ながら、今日はイビキのみでした」
たわいもない会話をしながら、サーフボードを車に積んで、常備しているポリタンクを車から下ろす。手動だが数回押すと空圧でシャワーが出る、優れもののポリタンクだ。
「じゃ、絵未ちゃん。砂がついているところ、出して」
俺は絵未の手足をさすりながら、シャワーで砂を洗い流していく。
「ひゃ!? 冷たいねー! ……そういえば武志くん、冬でもサーフィンに行くんでしょ? 夏でもこんな冷たいのに、大丈夫なの?」
「ああ、冬はフルスーツって言って手足までしっかり覆われたウェットスーツを着込むんだ。ブーツやグローブつけたりしてね。それにこのポリタンクには、グツグツに煮たお湯を入れておくんだよ。海から上がる頃にはちょうどいい温度になって、気持ちいいんだ。着替えてる時は寒いけどね」
「へー! いつか冬にも連れてってね、サーフィン」
「いいよ。寒いから、見ている方も大変だと思うけどね」
着替えが終わると、夕食を食べるところを探すため、車をブラブラと走らせる。
「あ、あのお店! 良さそうじゃない!」
「待て待て。もうちょっと走ったら、もっと良さそうな店があるかもしれないよ。ここは我慢だ」
結局繁華街の街道を一往復半した後で、その地ならではのお店に入る。
残念ながら味は驚くほど美味しくなく、そこそこ食べられる程度だった。
「うーん。イマイチだったかなぁ。やっぱあっちのお店にしとけばよかったかなぁ」
「はは。仕方ないよ。また今度ここに来たときは、絶対あっちの店にしよう」
「うん! そうしよう! これでまた『一緒に行くところリスト』が増えたね」
「そうだね。さーて、満室になる前にホテル、探さないと。最悪車中泊になるよ」
「うげぇ! それは絶対いやぁ! 早くホテル入ろう!」
街道沿いに建ち並ぶラブホテルは、予想以上に空いていた。その中から絵未が気に入った外観のラブホテルに入る。室内は結構広く、大きな丸いベッドが備え付けられていた。
俺たちは広い広いベッドへとダイブした。
「うわー広い広い! それにふかふか! ここにしてよかったねぇ!」
「そうだね……さすが遊び人の絵未さん。ラブホ選びにもお目が高く、感服いたしました」
「おっと! それは私に対しての挑戦状とお見受けしますが? よろしくて?」
「だって『どうせ武志くんは、何十回もこういうところに来てるんでしょ!』って、言われると思ったから。先手を打とうと思いまして」
「どうせ武志くんは、何十回もこういうところに来てるんでしょ!」
「一言一句、間違えずに言い直すなよ!」
「私は……こーゆーところ、あまり来た事がないからさ。なんか新鮮だよ」
「へー。そうなんだ……あ、そっか。元カレとは家が意外に近いもんね」
「……うん。まったく初めてって訳じゃないけど、数回くらいしか来た事ないよ……って、武志くん、こーゆー話聞いても平気なの!?」
「うん。俺は過去には拘らないタイプだから。別に元カレとの事を聞いても平気だよ」
絵未のアーモンドアイがくりくりになって俺を見る。……やばい! こういう時は必ずと言っていいほど波乱が起きる予感が……。
「はぁ……多分、そこなんだよね。武志くんがモテるところ」
「……はぁ?」
「前だけを向いてるっていうか、後ろを振り向かないじゃない? そういう姿って、女の子は惹かれちゃうんだよね、結構」
「いや……俺だって振り向いたり、後悔したりしますって」
「だけど他人の過去は、詮索しないじゃない? そういう人と一緒にいると『ああ、私も一緒に前を向けるんだ』って思えるの。きっとその姿勢に、惹かれていくんだよねぇ。顔も男前だし」
「ど、どうしたの今日は。やたら俺を持ち上げるけど……熱でもあるの?」
「たまには褒めさせてよぅ! ……前を向いている武志くんが好き。私たち、ずっと一緒にいられるかな?」
「……ああ。きっとずっと一緒にいられると思うよ……」
その言葉を聞いた絵未は、自分の顔をいつもの定位置———俺の胸に押し付けてきた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる