夢の中の君は、今。

蒼之海

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第24話 199X年 8月 2/4

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 O海岸は人で溢れ返っていた。お盆に入ったばかりの8月中旬だ。多少の混雑は仕方ない。俺は車内で手早くサーフパンツに着替えを済ます。絵未は海に浸からない事が前提だったけど、出発前に一応は水着は着込んでいた。下はショートデニムだ。

「じゃあ、場所取りをしようか」

 家から三時間弱はかかるこの海岸には、俺も来た事がない。海の家で飲み物を買うついでにサーフィンができるエリアを尋ねると、意外と遠くまで歩く場所だという事が分かった。

「サーフィンって、いつもこんな端っこの方でやるの?」

 麦わら帽子を被り、トートバッグを担いだ絵未が後ろを歩きながら聞いてくる。

「いや、夏の海水浴シーズンの時だけだよ。夏は遊泳区域が作られちゃうからね。それ以外は大体好きな場所で波乗りできるよ」

「そうなんだぁ。私、サーフィンを間近で見るのは初めて。ちょっと楽しみ」

「まあ見てろって。カッコイイ所、見せてあげるから」

 とは言ったものの、昼過ぎの海は比較的穏やかだ。サーフィンにはやはり明け方の波が一番いい。幾度かトライしたものの、長い時間乗れる様な波は立たなく、俺は小一時間で諦めて浜辺に戻った。

「ちょっとだけしか、波に乗れなかったね」

「うん。波が完全に凪いじゃってるからなぁ。しかたないよ。……ねえ、せっかくだからさ、ちょっとだけ、一緒に海、入ろうよ」

「えー。でも完全には入れないよ」

「波打ち際でボール遊びだけでも楽しいじゃん。さ、行こう」

 波打ち際まで行き、ビーチボールで遊んだり、ちょっと意地悪をして海水をかけたりする。その度に絵未は笑ったり、頬を膨らませたり、ころころと表情を変えてはしゃいでくれた。

 ひとしきり遊び終わると、体の力がカクンと抜ける。いよいよ限界かもしれない。

 一泊二日のこの旅行。連休なんて取れない俺は、夜勤明けのまま出発した強行軍での旅行なのだ。流石に眠い。荷物を置いたレジャーシートに戻ると、俺はさすがにダウンした。

「……ごめん絵未ちゃん。ちょっとだけ寝かせて」

「うん。いいよ。夜勤明けで寝てないもんね」

「じゃあお願い。……膝枕、してくれない? そしたら短時間でスッキリ寝られるから」

「え、えええ? だってでも私……今日……」

「大丈夫! お願い! スパッと寝て、すぐに体力を回復させたいんだ。膝枕してくれたら、きっとすぐ回復すると思うんだけどなぁ……」

 その言葉に、絵未は渋々ながらも了解してくれた。俺は絵未の膝の上に頭を置く。
 濡れた前髪が目に入らないように、絵未が優しく手でかき分けてくれた。


 絵未が逡巡する理由は俺にだって分かる。……だけど、絵未が発するものならどんな言葉でも、例えそれが女性特有の匂いでも、俺は心地よく感じられる。

 目を瞑ると案の定、あっさりと深い眠りに落ちていった。頭の下と嗅覚に絵未を確かに感じながら……。





 約束通り一時間で目が覚めると、眠気はすっかり解消された。

 絵未効果、すごいな。

「すごい気持ちよさそうに寝ていたよ。武志くんの寝顔、本当に見ていて飽きないね」

「……そう? また寝言言ってたりした?」

「残念ながら、今日はイビキのみでした」

 たわいもない会話をしながら、サーフボードを車に積んで、常備しているポリタンクを車から下ろす。手動だが数回押すと空圧でシャワーが出る、優れもののポリタンクだ。

「じゃ、絵未ちゃん。砂がついているところ、出して」

 俺は絵未の手足をさすりながら、シャワーで砂を洗い流していく。

「ひゃ!?  冷たいねー! ……そういえば武志くん、冬でもサーフィンに行くんでしょ? 夏でもこんな冷たいのに、大丈夫なの?」

「ああ、冬はフルスーツって言って手足までしっかり覆われたウェットスーツを着込むんだ。ブーツやグローブつけたりしてね。それにこのポリタンクには、グツグツに煮たお湯を入れておくんだよ。海から上がる頃にはちょうどいい温度になって、気持ちいいんだ。着替えてる時は寒いけどね」

「へー! いつか冬にも連れてってね、サーフィン」

「いいよ。寒いから、見ている方も大変だと思うけどね」


 着替えが終わると、夕食を食べるところを探すため、車をブラブラと走らせる。

「あ、あのお店! 良さそうじゃない!」

「待て待て。もうちょっと走ったら、もっと良さそうな店があるかもしれないよ。ここは我慢だ」

 結局繁華街の街道を一往復半した後で、その地ならではのお店に入る。

 残念ながら味は驚くほど美味しくなく、そこそこ食べられる程度だった。

「うーん。イマイチだったかなぁ。やっぱあっちのお店にしとけばよかったかなぁ」

「はは。仕方ないよ。また今度ここに来たときは、絶対あっちの店にしよう」

「うん! そうしよう! これでまた『一緒に行くところリスト』が増えたね」

「そうだね。さーて、満室になる前にホテル、探さないと。最悪車中泊になるよ」

「うげぇ! それは絶対いやぁ! 早くホテル入ろう!」


 街道沿いに建ち並ぶラブホテルは、予想以上に空いていた。その中から絵未が気に入った外観のラブホテルに入る。室内は結構広く、大きな丸いベッドが備え付けられていた。

 俺たちは広い広いベッドへとダイブした。

「うわー広い広い! それにふかふか! ここにしてよかったねぇ!」

「そうだね……さすが遊び人の絵未さん。ラブホ選びにもお目が高く、感服いたしました」

「おっと! それは私に対しての挑戦状とお見受けしますが? よろしくて?」

「だって『どうせ武志くんは、何十回もこういうところに来てるんでしょ!』って、言われると思ったから。先手を打とうと思いまして」

「どうせ武志くんは、何十回もこういうところに来てるんでしょ!」

「一言一句、間違えずに言い直すなよ!」

「私は……こーゆーところ、あまり来た事がないからさ。なんか新鮮だよ」

「へー。そうなんだ……あ、そっか。元カレとは家が意外に近いもんね」

「……うん。まったく初めてって訳じゃないけど、数回くらいしか来た事ないよ……って、武志くん、こーゆー話聞いても平気なの!?」

「うん。俺は過去には拘らないタイプだから。別に元カレとの事を聞いても平気だよ」


 絵未のアーモンドアイがくりくりになって俺を見る。……やばい! こういう時は必ずと言っていいほど波乱が起きる予感が……。


「はぁ……多分、そこなんだよね。武志くんがモテるところ」

「……はぁ?」

「前だけを向いてるっていうか、後ろを振り向かないじゃない? そういう姿って、女の子は惹かれちゃうんだよね、結構」

「いや……俺だって振り向いたり、後悔したりしますって」

「だけど他人の過去は、詮索しないじゃない? そういう人と一緒にいると『ああ、私も一緒に前を向けるんだ』って思えるの。きっとその姿勢に、惹かれていくんだよねぇ。顔も男前だし」

「ど、どうしたの今日は。やたら俺を持ち上げるけど……熱でもあるの?」

「たまには褒めさせてよぅ! ……前を向いている武志くんが好き。私たち、ずっと一緒にいられるかな?」

「……ああ。きっとずっと一緒にいられると思うよ……」


 その言葉を聞いた絵未は、自分の顔をいつもの定位置———俺の胸に押し付けてきた。
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