21 / 31
第21話 199X年 7月 2/3
しおりを挟む
翌日、中番の俺は昼の1時に出勤する。裏口から入り従業員用扉で店内に入ると、更衣室で着替えを済ませて受付と連なるBARカウンターへと向かう。
受付には絵未が、暗い顔で立っていた。
いつもなら絵未も含めた早番のバイトに一人ずつ「おはよう」の挨拶をして回るのだけど、今日はそんな気分になれなかった。絵未がこちらに気づくと、俺は逃げるように厨房へ向かった。
後ろから、足音が聞こえてくる。
「ねえ武志くん! 昨日の事怒ってるの? ごめんね……私も少し酔っ払ってたから」
「ちょっとあっちで話そう。ここじゃ人目につきやすい」
「じゃあ、ちょっと待ってて。受付を少しの間、誰かに変わってもらうから」
「わかった。じゃあ25号室前で」
平日の昼間だ。30以上ある部屋は、流石に満席になる事はない。お客からのリクエストがない限り、カウンター手前の1号室から客を埋めていく。25号室はちょうど死角にもなって、密談をするには絶好な場所だった。
俺が25号室の部屋の前で待っていると、程なくして絵未がやってきた。
神妙な面持ちで絵未が言う。
「昨日はごめんなさい。周りに乗せられて、武志くんを呼びつける様な事言ってしまって……」
「いや、俺の方こそ悪かったと思ってるよ。あんな事くらいで怒鳴ったりして、ごめん」
「……何かあったの?」
「そっか、まだ聞いてないんだ。……来月から俺は、本店に戻るんだ」
「えっ?」
絵未は一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま明るい顔に戻る。
「よかったじゃない! これで堂々と私たち付き合ってるって言えるよね! だって同じ店舗じゃないんだもん。誰に迷惑をかけるわけでもないしね!」
……よかった? 絵未、本当にそう思ってるのか?
「よかった……だと? 俺は契約と言っても社員扱いだ。バイトのみんなは好き勝手に休みを入れられるけど、その穴埋めは俺がするんだ。休みだって週一日だ。この2号店ができたから、俺は契約社員にさせられたんだ。他の友達が遊んでいる時だって、俺は必死に働いた。この8ヶ月、ずっとだ。だけど絵未がいたから頑張れた……絵未なら、もっと悲しんでくれると思ってたのに……!」
「ち、違うの! 私はそんなつもりで言った訳じゃ……」
共感してくれると信じていた。一緒の空間で働けない事を、嘆いてくれると思ってた。だけど絵未の考えは全く違ってた……!
その落胆から俺は、つい思ってもない事を口にしてしまった。
「確かO市で飲んでたって言ってたよな。……どうせ帰りは元カレでも呼んで送ってもらったんだろう? 確か元カレもO市に住んでたもんな」
「……な、何言ってるの武志くん! そ、そんな事する訳ないじゃない!」
「今、一瞬だけ間があったな。やっぱりそうか」
「違う! そんな事してない! 友達に迎えに来てもらったんだよ!」
「……もうこの話は終わりにしよう。ちょっとお互い、頭を冷やした方がいいと思う」
俺が踵を返すと、絵未はその場にペタンと座り込んでしまった。
「違うの……本当に違うのよぉ……」
啜り泣きが後ろから聞こえる中、俺は25号室の前から足早に立ち去った。
受付には絵未が、暗い顔で立っていた。
いつもなら絵未も含めた早番のバイトに一人ずつ「おはよう」の挨拶をして回るのだけど、今日はそんな気分になれなかった。絵未がこちらに気づくと、俺は逃げるように厨房へ向かった。
後ろから、足音が聞こえてくる。
「ねえ武志くん! 昨日の事怒ってるの? ごめんね……私も少し酔っ払ってたから」
「ちょっとあっちで話そう。ここじゃ人目につきやすい」
「じゃあ、ちょっと待ってて。受付を少しの間、誰かに変わってもらうから」
「わかった。じゃあ25号室前で」
平日の昼間だ。30以上ある部屋は、流石に満席になる事はない。お客からのリクエストがない限り、カウンター手前の1号室から客を埋めていく。25号室はちょうど死角にもなって、密談をするには絶好な場所だった。
俺が25号室の部屋の前で待っていると、程なくして絵未がやってきた。
神妙な面持ちで絵未が言う。
「昨日はごめんなさい。周りに乗せられて、武志くんを呼びつける様な事言ってしまって……」
「いや、俺の方こそ悪かったと思ってるよ。あんな事くらいで怒鳴ったりして、ごめん」
「……何かあったの?」
「そっか、まだ聞いてないんだ。……来月から俺は、本店に戻るんだ」
「えっ?」
絵未は一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま明るい顔に戻る。
「よかったじゃない! これで堂々と私たち付き合ってるって言えるよね! だって同じ店舗じゃないんだもん。誰に迷惑をかけるわけでもないしね!」
……よかった? 絵未、本当にそう思ってるのか?
「よかった……だと? 俺は契約と言っても社員扱いだ。バイトのみんなは好き勝手に休みを入れられるけど、その穴埋めは俺がするんだ。休みだって週一日だ。この2号店ができたから、俺は契約社員にさせられたんだ。他の友達が遊んでいる時だって、俺は必死に働いた。この8ヶ月、ずっとだ。だけど絵未がいたから頑張れた……絵未なら、もっと悲しんでくれると思ってたのに……!」
「ち、違うの! 私はそんなつもりで言った訳じゃ……」
共感してくれると信じていた。一緒の空間で働けない事を、嘆いてくれると思ってた。だけど絵未の考えは全く違ってた……!
その落胆から俺は、つい思ってもない事を口にしてしまった。
「確かO市で飲んでたって言ってたよな。……どうせ帰りは元カレでも呼んで送ってもらったんだろう? 確か元カレもO市に住んでたもんな」
「……な、何言ってるの武志くん! そ、そんな事する訳ないじゃない!」
「今、一瞬だけ間があったな。やっぱりそうか」
「違う! そんな事してない! 友達に迎えに来てもらったんだよ!」
「……もうこの話は終わりにしよう。ちょっとお互い、頭を冷やした方がいいと思う」
俺が踵を返すと、絵未はその場にペタンと座り込んでしまった。
「違うの……本当に違うのよぉ……」
啜り泣きが後ろから聞こえる中、俺は25号室の前から足早に立ち去った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる