夢の中の君は、今。

蒼之海

文字の大きさ
上 下
19 / 31

第19話 199X年 6月 2/2

しおりを挟む
 そして迎えた翌週火曜。仕事を終えた俺たちは、車で絵未の家に向かった。一応手土産は用意してある。仕事が終わっての出発なので、到着は夜の11時頃になる。そんな時間に不謹慎だろう!
 
「そんなに心配しないでも大丈夫だよ。私がちゃんと伝えておいたから。一緒にご飯を食べられないのが残念だって、お父さんが言ってた」

「お、俺としてはいきなり一家団欒での食事はハードルが高すぎるので、助かったけどね……」

「あー楽しみだなぁ。お父さんも喜んでくれてるし」


 ふふふと隣で微笑む絵未と違って、俺は全くの逆反応だ。

 ……ああ、胃がキリキリする。


 絵未の家までの道のりは、既に覚え済みだ。俺は絵未から教えられた地元ならではの最短ルートで家の前までたどり着いた。

「車は家の前に停めておいて大丈夫だよ」

 そう言って降車する俺の手を引っ張って、玄関を開ける。

「ただいまー! 武志くん、連れてきたよー!」

「ちょ、ちょっとそんな大声で……」

 廊下に面した引き戸が開くと、中年男性が顔を出した。絵未のお父さんだろう。

「おお、初めまして。ウチの絵未がお世話になっています」

 そう言って絵未の父は頭を軽く下げた。顔を上げると視線が合う。絵未に似て、顔つきも穏やかで優しそうな父親だった。

「は、初めまして。阿藤武志と申します。絵未ちゃ……絵未さんとお付き合いさせてもらってます」

 俺はすかさず菓子折りを差し出した。ここまでは予行練習通りだ。

「おお。若いのに気が利くねぇ。武志くん、いける口かね?」

 絵未の父は、右手に作った架空のグラスをくいっと上げる。

「は、はぁ……それなりに飲める方ですが……」

「ダメ! 今日は私がお客さんとして呼んだんだからね! お父さんは一人で飲んでいて!」

 娘に嗜められて、しょんぼりする絵未の父。そして諦めは早かった。

「そうか……じゃあまた今度一緒に飲もう、武志くん」

「は、はい! その時は是非!」

「じゃあ私の部屋に案内するね。……お父さん、覗いちゃダメだからね」


 絵未に案内されて部屋へと向かう。絵未の部屋は一階にあった。リビングとほど近い。

「ここが私の部屋。ようこそいらっしゃいませー」

 絵未がドアを開け、俺はそうっと中へ入る。意外にこざっぱりした部屋で驚いた。もう少し女の子らしい華やいだ部屋を想像していたが、まるで違う。二段ベッドとタンスと机と本棚とドレッサー。どれも質素なものばかり。ぬいぐるみなどで溢れていない。……だけどただ一つ。

「あ、これ」

「うん。武志くんがUFOキャッチャーで取ってくれた、ぬいぐるみだよ」

 そのぬいぐるみ一つだけが、布団の脇にポツリと寂しげに置かれていた。

「……女っ気ないなって、そう思ってるでしょう?」

「そ、そんなことないけど、シンプルで無駄のない部屋だなって……」

「あまり物を置くのが好きじゃないのかも。大切なものだけ、側に置いておきたいの」

 そう言ってこの部屋唯一のぬいぐるみを指さした。

「寝る前にいつも、あのぬいぐるみに『武志くん、夢に出てきてね』ってお願いしてから寝てるんだ。残念ながら、出てきた事はまだないけど」


 絵未は2号店で俺のロッカーに手紙を残すとき、お決まりの結び文句が二つあった。一つは『大好き』。そしてもう一つは『夢に出てきてね』。


「さ、座って座って。今、お茶を持ってくるから」

 そう言って絵未はパタパタと部屋を出る。そして今度はゆっくりと、コップとペットボトルのお茶を持って戻ってきた。

「それじゃ、お茶で乾杯でもしましょうか」

 差し出されたグラスをカチリと合わせてお茶を飲む。次第に緊張も和らいで、会話も弾み出した12時頃、絵未が急に立ち上がった。

「そうだ! 大切な事忘れてた!」

 そう言って机に向かいガサガサと何かを漁り始める。手に持ってきたのは小さなポーチと使い捨てカメラ。

「前からね、武志くんに化粧をしたいと思ってたの。目鼻立ちも整っていて、絶対化粧映えする顔だから」

「ちょ、ちょっと待って! 化粧なんて……何考えてるんだ。ヤダよ! 恥ずかしい!」

「ふふふ。ここは私の家なのです。いっつも武志くんの家では私、いじめられてるからね」

「いじめてる訳じゃないじゃん。絵未ちゃん、いっつもメチャクチャよがってるじゃん」

「ええい! しのごの言わず今日くらいは私の好きにさせてよぅ! ……大丈夫、怖くない。この絵未さんが、すっごい綺麗にしてあげるから」

 
 絵未のアーモンドアイがくりくりになっている。……こういう時の絵未は本気だ。それにここは相手の本陣。逆らっても抵抗力は弱い。


「……わかったよ。そのかわり、すっごい美人に仕上げてよね」

「まっかせて! 武志くん、全体的に男の子らしいけど、顔のパーツは女の子っぽいところがあるんだよね。ここは私の腕の見せ所だよ!」


 俺は目を閉じ観念した。顔に何かが塗りたくられて、パフパフされる。目の上下にこそばゆい感覚がするのを必死に我慢すると、最後は唇に、厚ぼったい感触が襲った。

「ああ、ちょっとだけ口を開いて。……あ、目はまだ開けちゃダメだよ」


 弄《もてあそ》ばれて30分。ようやく絵未の許可が下りる。

「よし、できた! 武志くん……目を開けていいよ」

 その言葉にそっと目を開けると、いつの間にか手鏡が眼前に迫っていた。それを見た俺は。

「……えっ?  こ、これがアタシ……って、なるかぁ! 全然女の子じゃないじゃん! ビジュアル系バンドか新宿二丁目の店員だよ、これじゃ!」

「……最善を尽くしましたが、思っていたよりも手術が難航しまして……ご愁傷様です。……なんてウソウソ。結構似合ってるよ! うん、かわいい……ってよりカッコイイ、かな?」

 絵未はお腹を抱えて笑い出す。ひとしきり笑い終わると、使い捨てカメラを手に取り出した。

「ま、まさか……写真を撮るのか……それだけはやめてくれ!」

「いいじゃん。私たち一緒に写真撮った事、あまりないからさ、記念に残そう。ね?」

 懇願する健気な顔でそう言われれば、断れる訳がない。絵未が満足するまで色々な角度から撮影された後、最後は肩を並べて寄り添って、手を伸ばして一緒に写真を撮った。

 流石にこのまま寝る訳にはいかない。時間はすでに1時前。絵未の家族は寝静まっている。

 絵未に連れられそっと洗面所に行き、化粧を落とす。


「じゃ、私たちも寝よっか?」


 俺は持参したスウェットに着替え、絵未もパジャマに着替える。二段ベットの上で二人寝るのはちょっと厳しい。床に敷いた布団に一緒に入ると、いつものお決まりのパターンだ。

「だ、ダメだって……家族が起きたらどうす……るの……」

 絵未の抵抗は最初だけだった。その後は俺に身を委ねる。

 俺は化粧のお返しとばかりに、いつもより少しだけ荒々しく責め立てる。口元を押さえながら、声を出さない様に我慢している絵未が、たまらなく愛おしく思えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

処理中です...