16 / 31
第16話 199X年 4月 2/2
しおりを挟む
「じゃあ、単刀直入に言うよ。俺たち、付き合ってます」
最初の一杯がテーブルに並べられた後、乾杯も前に俺は今日の本題を早々に切り出した。
「———マジで!? や、やっぱそうかぁ。俺は何となく怪しいなぁって思ってたんだけど、やっぱそうかぁ……」
「え? かっちゃん。何か気づいていたの?」
絵未のその言葉を、かっちゃんが手で遮る。
「それは後で。……まずは乾杯だ。———おめでとう二人とも!」
かっちゃんが笑顔でジョッキを差し出してきた。俺と絵未は顔を見合わし笑い合うと、二人同時にかっちゃんのジョッキにグラスを打ちつけた。
「で、いつ頃からなの? 二人が付き合い出したのって」
「正確には年が明けてすぐだけど……かっちゃんがきっかけを作ってくれたんだよね」
「え……どういう事?」
「年末のクリスマスパーティーの準備の時にね。……お互いの気持ちを確かめたっていうか……」
絵未がモジモジしながらそう返した。……バカぁ! そんな言い方したら。
「え……ウソだろ。まさか……まさか、俺の部屋でしちゃったとか?」
男なら、そう考えるよな、かっちゃん。
絵未はかっちゃんのその返しを予想してなかったらしく、フリーズ状態だ。ここは俺の出番である。
「いや! やってないよ、かっちゃん! ……キスだけだ。安心してくれ」
その言葉にかっちゃんは豪快にビールを吹き出した。絵未も俺の顔を見て、目を見開いている。
「———安心できるかっ! マジかよ! 俺の部屋で2号店のアイドルがキスだなんて……俺、もうあの部屋で寝れねーよ。悶々しちゃってさ」
かっちゃんは頭を抱えて左右に振る。その姿に俺と絵未が笑うと、かっちゃんも声高々に笑い声を上げた。
……やっぱりかっちゃんは信用できる。絵未が懐いてるのも分かるなぁ。
その後は、かっちゃんからの質問攻撃だ。接点あまりなかったのなんで? とか、二人ともどこが気に入ったの? とか。決して俺と絵未を不快にさせない、それでいてちょっと意地悪な弄《いじ》り方だ。絵未も困ったり笑ったり、楽しそうだ。今まで付き合いを秘密にしてきた分、誰かに知ってもらえて嬉しい気持ちも手伝っているのだろう。
俺もかっちゃんとは良い友達になれそうな気がしている。
かっちゃんの『弄りタイム』はジョッキ三杯分続いたが、四杯目が運ばれてきた時、かっちゃんは急に神妙な顔になった。
「阿藤さん、最初の話に戻りますけど、俺、怪しいなって言いましたよね。……二人の事、もしかしたらって疑っている人間、そこそこいますよ」
「え!? なんで? 俺たち仕事中は私語はしないように気をつけているんだけど」
「それですよ、それ。全く話さないってのもおかしな話でしょう? 阿藤さん、他の人とは普通に話すのに」
確かに。愛美はともかく、他のバイトの子とは普通に仕事以外の話もしている。
「それに……会話をしなくっても態度って出ちゃうもんですよ。俺だって絵未ちゃんが、阿藤さんの事よく見てるなーって、思ってましたもん」
「え……やだ。私、そんなに見てたのかな?」
「まあ、俺がそれくらいにしか思ってなくても、女のカンって怖いっすよ、阿藤さん。大体2号店のウワサ話は、女子発信ですからね」
「かっちゃん……もしかして『ハルちゃん』の事言ってる?」
かっちゃんは小さく頷くと、ジョッキの黄色い液体を全て飲み干した。
ハルちゃんって……春田さんの事だろう。俺とはあまり話しをしてくれないが、確か俺たちより歳が一つ下の女の子で、絵未を姉の様に慕っているバイトだ。
「……ちょっと前にね、ハルちゃんに言われたの。『私、絵未さんが不幸になるのは絶対イヤです!』って。元カレと別れた事はハルちゃんに伝えたから、その事だろうと思っていたけど……もしかして……」
そうなのだ。出向早々愛美と関係を持ってしまった俺は、一部の女子バイトから『遊び人』のレッテルを貼られてしまっていた。俺に対する態度から、ハルちゃんもそのメンバーだと推測している。もちろん愛美の肉食獣の様な性格を知って、普通に接してくれる女子バイトもいるのだけど。
「阿藤さん。前科、あるでしょう。噂だとその本人、まだ諦めてないって言ってるらしいですよ」
ここであえて愛美の名前を伏せてくれるかっちゃんは、優しい奴だと思う。
五杯目のビールと枝豆がテーブルに運ばれてきた。会話が一瞬だけ止まる。かっちゃんは一気に半分ほど飲み干すと、言葉を続けた。
「阿藤さんが『髪の短い子が好みだ』って話は、2号店では有名です。出向早々やっちまった感はありましたが、阿藤さん、男の俺から見てもカッコいいし、気になっている女子も多い様です。そんな訳で、やっぱ阿藤さんネタは、噂が回るのが早いんです」
「そ、そうなのか?」
「ええ、そして明日からショートに髪を切った絵未ちゃんが出勤する……。ちょっとこれは、俺にもどうなるか予想がつきませんね」
その後居酒屋を出ると「じゃ、俺は先に帰りますんで」と、かっちゃんが早々に立ち去った。かっちゃんらしい、気の回し方だ。
「……ショートにしたの、まずかったかなぁ……」
絵未が下を向いてそう溢した。女の子の大事な髪をバッサリ切って、俺を喜ばせようとしてくれたんだ。絵未を泣かせる訳にはいかない。
酔いも手伝ってか、俺は絵未の腰に手を回し、ヒョイっと持ち上げた。
「きゃあ! ちょ、ちょっと武志くん!?」
「———大丈夫。俺がついてるから。不幸になんて、させないよ。……それにその髪型、すっごい似合ってる。超俺の好み」
持ち上げた絵未の胸に顔をうずめる。いつもと逆の体勢だ。絵未の柔らかで心地よい体臭が、俺の鼻腔を通り抜け、体中に染み渡る。
「……うん、ありがとう。……ねえ、早くお家に行こ?」
海水で色がやや抜けた、少し茶色の俺の髪を優しく撫でながら、絵未はそう言った。
最初の一杯がテーブルに並べられた後、乾杯も前に俺は今日の本題を早々に切り出した。
「———マジで!? や、やっぱそうかぁ。俺は何となく怪しいなぁって思ってたんだけど、やっぱそうかぁ……」
「え? かっちゃん。何か気づいていたの?」
絵未のその言葉を、かっちゃんが手で遮る。
「それは後で。……まずは乾杯だ。———おめでとう二人とも!」
かっちゃんが笑顔でジョッキを差し出してきた。俺と絵未は顔を見合わし笑い合うと、二人同時にかっちゃんのジョッキにグラスを打ちつけた。
「で、いつ頃からなの? 二人が付き合い出したのって」
「正確には年が明けてすぐだけど……かっちゃんがきっかけを作ってくれたんだよね」
「え……どういう事?」
「年末のクリスマスパーティーの準備の時にね。……お互いの気持ちを確かめたっていうか……」
絵未がモジモジしながらそう返した。……バカぁ! そんな言い方したら。
「え……ウソだろ。まさか……まさか、俺の部屋でしちゃったとか?」
男なら、そう考えるよな、かっちゃん。
絵未はかっちゃんのその返しを予想してなかったらしく、フリーズ状態だ。ここは俺の出番である。
「いや! やってないよ、かっちゃん! ……キスだけだ。安心してくれ」
その言葉にかっちゃんは豪快にビールを吹き出した。絵未も俺の顔を見て、目を見開いている。
「———安心できるかっ! マジかよ! 俺の部屋で2号店のアイドルがキスだなんて……俺、もうあの部屋で寝れねーよ。悶々しちゃってさ」
かっちゃんは頭を抱えて左右に振る。その姿に俺と絵未が笑うと、かっちゃんも声高々に笑い声を上げた。
……やっぱりかっちゃんは信用できる。絵未が懐いてるのも分かるなぁ。
その後は、かっちゃんからの質問攻撃だ。接点あまりなかったのなんで? とか、二人ともどこが気に入ったの? とか。決して俺と絵未を不快にさせない、それでいてちょっと意地悪な弄《いじ》り方だ。絵未も困ったり笑ったり、楽しそうだ。今まで付き合いを秘密にしてきた分、誰かに知ってもらえて嬉しい気持ちも手伝っているのだろう。
俺もかっちゃんとは良い友達になれそうな気がしている。
かっちゃんの『弄りタイム』はジョッキ三杯分続いたが、四杯目が運ばれてきた時、かっちゃんは急に神妙な顔になった。
「阿藤さん、最初の話に戻りますけど、俺、怪しいなって言いましたよね。……二人の事、もしかしたらって疑っている人間、そこそこいますよ」
「え!? なんで? 俺たち仕事中は私語はしないように気をつけているんだけど」
「それですよ、それ。全く話さないってのもおかしな話でしょう? 阿藤さん、他の人とは普通に話すのに」
確かに。愛美はともかく、他のバイトの子とは普通に仕事以外の話もしている。
「それに……会話をしなくっても態度って出ちゃうもんですよ。俺だって絵未ちゃんが、阿藤さんの事よく見てるなーって、思ってましたもん」
「え……やだ。私、そんなに見てたのかな?」
「まあ、俺がそれくらいにしか思ってなくても、女のカンって怖いっすよ、阿藤さん。大体2号店のウワサ話は、女子発信ですからね」
「かっちゃん……もしかして『ハルちゃん』の事言ってる?」
かっちゃんは小さく頷くと、ジョッキの黄色い液体を全て飲み干した。
ハルちゃんって……春田さんの事だろう。俺とはあまり話しをしてくれないが、確か俺たちより歳が一つ下の女の子で、絵未を姉の様に慕っているバイトだ。
「……ちょっと前にね、ハルちゃんに言われたの。『私、絵未さんが不幸になるのは絶対イヤです!』って。元カレと別れた事はハルちゃんに伝えたから、その事だろうと思っていたけど……もしかして……」
そうなのだ。出向早々愛美と関係を持ってしまった俺は、一部の女子バイトから『遊び人』のレッテルを貼られてしまっていた。俺に対する態度から、ハルちゃんもそのメンバーだと推測している。もちろん愛美の肉食獣の様な性格を知って、普通に接してくれる女子バイトもいるのだけど。
「阿藤さん。前科、あるでしょう。噂だとその本人、まだ諦めてないって言ってるらしいですよ」
ここであえて愛美の名前を伏せてくれるかっちゃんは、優しい奴だと思う。
五杯目のビールと枝豆がテーブルに運ばれてきた。会話が一瞬だけ止まる。かっちゃんは一気に半分ほど飲み干すと、言葉を続けた。
「阿藤さんが『髪の短い子が好みだ』って話は、2号店では有名です。出向早々やっちまった感はありましたが、阿藤さん、男の俺から見てもカッコいいし、気になっている女子も多い様です。そんな訳で、やっぱ阿藤さんネタは、噂が回るのが早いんです」
「そ、そうなのか?」
「ええ、そして明日からショートに髪を切った絵未ちゃんが出勤する……。ちょっとこれは、俺にもどうなるか予想がつきませんね」
その後居酒屋を出ると「じゃ、俺は先に帰りますんで」と、かっちゃんが早々に立ち去った。かっちゃんらしい、気の回し方だ。
「……ショートにしたの、まずかったかなぁ……」
絵未が下を向いてそう溢した。女の子の大事な髪をバッサリ切って、俺を喜ばせようとしてくれたんだ。絵未を泣かせる訳にはいかない。
酔いも手伝ってか、俺は絵未の腰に手を回し、ヒョイっと持ち上げた。
「きゃあ! ちょ、ちょっと武志くん!?」
「———大丈夫。俺がついてるから。不幸になんて、させないよ。……それにその髪型、すっごい似合ってる。超俺の好み」
持ち上げた絵未の胸に顔をうずめる。いつもと逆の体勢だ。絵未の柔らかで心地よい体臭が、俺の鼻腔を通り抜け、体中に染み渡る。
「……うん、ありがとう。……ねえ、早くお家に行こ?」
海水で色がやや抜けた、少し茶色の俺の髪を優しく撫でながら、絵未はそう言った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる