魔王クリエイター

百合之花

文字の大きさ
上 下
18 / 132
Ⅰ章 予兆

18

しおりを挟む
友達ができたからと言って、虐待をしてくる母親がいなくなるわけでも、無関心の父親が娘思いになるわけでもない。

エルルに不満が向けられない分、娘であるリアに向けられるだけ。
初めてレムザがエルルを見たその時、彼女は激昂した。
成長するとともに自らより美しくなっていく娘。
なまじ自分に似ている容貌をしているだけにそれはより顕著に鮮明に実感させられる。
エルルが遊びにくるたびに怒りを覚えた。
あまりの怒りにエルルに対し、悪辣な態度を取り続け、より悪い印象を植え付けた。
リアに近づかなくなるように、と。
だが、彼はめげずに何度も何度もやってきた。
そんなに娘がいいのか?
そんなに娘は可愛いのか?
そんなに娘は私よりも良いのだろうか?
レムザはいっそのこと、とリアの顔を焼いてしまおうと考え襲いかかるも、彼女にとって最大の誤算があった。

「あゝ、憎い、憎いわ。貴方は私以上に綺麗になる。私以上に綺麗になって、私以上に良い男を見つけて、私以上に幸せになるのでしょう?
それがわたしには許せないっ」

特に連れてきた男が悪かった。
エルルはレムザから見ても純朴そうで優しげな男の子。
馬鹿馬鹿しくも下らない話をする母親を物ともせずリアと友達になり続けようという度量もある。
豪農の孫であれば将来は安泰だし、そも最近は彼の育てる野菜は特に美味いと評判だとはレムザの耳にも入っている。豪農という裕福な生まれのせいか顔立ちも整っており、将来は良い男になるだろう。
娘は彼といずれ結婚するに違いない。
半ば政略結婚に近く、顔だけの男と結ばれた自分とは大違いだ。
いや、それでも最初は良かった。
女好きなだけあって非常に気遣いのできる人間に思えたから。
しかし、それもレムザが妊娠するまでの話。
身重になり、性交渉がしづらくなった途端に本性を現して浮気し放題。
本人はバレてないつもりなのだろうが、バレバレだ。
何度、縊り殺してやろうかと思ったか。
嫉妬ではない。
レムザほどに美しい妻がいながら他の女にうつつを抜かすその様が、美を誇るレムザにとってあまりにも忌々しく映ったのだ。
なんにせよ、全くもって羨ましい話。
だからといって娘を恨んで良いという道理は到底無いが、彼女にとっては十分な動機にはなった。
せめて男に生まれていれば良かったものを。
火を入れた火鉢から取り出した火箸を手に持ち、振り回す様はまさに鬼婆。
顔だけは辺境一の美人とされた面影もない。
だが、それはあっさりとリアの手に受け止められた。

「な、なんで?」

憎しみは戸惑いに変わる。
リアは彼女が振るった火箸を難なく捉えて離さない。
熱く熱されているはずの火箸を素手で掴んでいることもそうだが、再度振り上げようとしてもピクリとも動かないではないか。
7歳児の腕力とはとてもではないが思えない。

「ふふふ、エルル君は本当にすごい」

エルルは初めてリアに会った際に、魔王化の処置を済ませている。
それから何度か話しつつ仲良くなりながらさり気なく体を鍛えれば反撃できるとか、痛くなくなるとか適当に言いくるめて体を鍛えた結果として魔王化処理を誤魔化そうとしたのだ。
誤魔化しは無駄骨に終わったが。

そして久しぶりに笑うリア。
ここ数年は誰にも見せたことはないし、エルルにはなおのこと見せる気にならない。
何故かとても恥ずかしく感じてしまうからだ。
実のところエルルの愛情を込めれば無表情が治る、とは見当違いである。
何故なら彼女は努めて無表情を作っているだけなのだから。
いや、努めていると言うよりは、そう癖付けている、と言うべきか。
なまじ無表情を癖にしていた分、それを解除するのが難しくなってしまったのだ。
意識的に、ないしはよほどのことがあれば無表情は崩れる。

「な、なにが可笑しいのよっ!?」

レムザから見たリアはある日急に無表情になったかと思えば今のように突然笑い出したりと不気味な子、という評価だ。
レムザの行いが原因なのだが彼女はそんなことは露ほども思っていない。

「…本当に哀れなひと。同じ女として分からないでもない。でも。些か以上に迷惑。だから…」

スキルの聡明の効果でレムザの気持ちの殆どを理解していたリア。
しかし、理解はしても納得はしない。

「おごぉっ!?」

エルルの魔王クリエイターによって得られた膂力増強によって子供らしくないパンチがレムザに突き刺さる。
レムザは血反吐を吐きながら倒れ込んだ。

「あっ、力を込めすぎちゃったかな?血反吐を吐いたってことは内臓が…まだ殺すわけにはいかないのに」
「…ごひゅっ…は、はおやに、対して…なんでごど…ずるの…」
「…まあ、いいかな。死体の処理を考えるとすぐには殺せないけど…二、三日は生きていられるでしょう」
「…ふふふ…ば、ばか、ね…ごふっ…あの…ひと、かえって…き、だら」
「あの父親もどきも殺すに決まっているじゃない。そろそろ報せが届いても良い頃なんだけれど」

にんまりと可憐な笑顔を浮かべてリアは言った。

「…本当はね。この力を貰ってすぐに殺したかったの。でも、殺さなかった。なぜか分かる?力を貰ってすぐに殺したらエルル君に私が殺したとバレるでしょう?
それだけは嫌だったの。もしもバレて嫌われたらって考えただけで気が狂いそうに…」
「…ごひゅー…こひゅー」
「…聞いていられる余裕はなさそうだね。もっと色々話したいこと、あったんだけどなあ。まあいいや。準備しないとね」

そう言ってリアは斧を取りに行く。

「ウチは農家じゃないから穴を掘るような道具が無いんだよね。死体の腐敗は早いって聞くし、匂いも強烈だって…斧で深い穴を掘るのに何日かかるかな?穴を掘り終えるまでは生きていて貰いたいけど…」

そういえば。

「今日はこれからエルル君が遊びにくるし、エルル君と遊ぶ時間は絶対確保。となると…」

ぶつぶつと呟きながら、彼女は物置へ向かう。

数日後。
彼女の仕込みの甲斐あって父親は死亡。
仕込みは単純で、帰りの道筋を示すためのコンパスを弄って森の奥を指し示すようにして、いつも使う道具のよく触れそうな場所に毒を仕込んだという程度だ。
思いの外、上手くいってくれたらしい。
母親は斧で真っ二つにして運びやすくしてから庭に埋める。
父親を守れなくて悪かったと謝りながら獲物のハリネズミを渡してくる猟師のおじさんに内心、少しの罪悪感を感じつつ。
中庭に置いてあったハリネズミの解体も済ませてしまおうと用済みになった斧をナタに変えようと立ち上がったところで、エルル君がいた。

なぜ?
どうして?
見られた?
いや、見られたにしては浮かべる表情が違う気がする。
私を嫌いになっている目ではない。
軽蔑の眼差しではない。
下手に何かを言えば藪蛇になる?
何かしらの探りを入れてから?

「リアちゃんっ!」
「エルル君??」
「どうしたもこうしたもないよ!?
全く、心配したんだからね!」


どうやら1番見られたくないところは見ていない。
一安心。

「血の跡があったから強盗でも入ったのかと思ったんだから!リアちゃんは可愛いから襲われたのかと…」

なるほど。だからこんなところまでエルル君は入ってきたのか。
心配してくれたことに顔が緩みそうになるものの、全身全霊で堪えた。それはそうと聞き捨てならないことを言った。

「私、可愛い?」
「?もちろんだよ?」

さも、「なに、当たり前のことを?」と言う表情のエルル君を見て、再度顔が緩みそうになる。
まずい。好き。
大好きが顔から零れ落ちそう。
両親の顔だけは良いのだ。
容姿はかなりの物だと自負しているし、言われるまでもないが、実際に言われるとここまで嬉しいなんて。

「ふぅん」

なんとかニヤけずに切り抜くのが精一杯。
それにしても、先に死体からでた血の処分をしておいて良かった。
あれが無ければハリネズミから出たにしては多すぎる大量の血の言い訳が出来なかったところだ。

その後、リアはエルルからの提案に再度、無表情を崩しかけたが何とか堪えたのである。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...