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バードソング 3
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町の広場の見世物と丘から観る街の風景にため息となにかしら感想を言わなくてはという切迫感。それもまた旅の醍醐味。
旅行者には、退屈か緊迫の両極端の一部しか観ないのだから。
僕の兄はとてもお喋りな人でした。
戦地で兵隊にとられた上の兄や親戚達にとって一番身近な男が兄ひとりだったからでしょうか。
兄はいつもお調子者で滑稽なくらい人を虜にさせることが上手でした。
「あの男はダメだ、何度言えばわかる『お喋り鳥』は……」の後、ガラスの向こうにいる僕を見て真っ赤になった家の人が、手を上げてお仕舞いという様子を何度も何度も何度も、綺麗になった年頃のお姉さんが声を殺して泣いているのを観ていました。
僕の家は叔父さんがいなくなったおばさんたちが集まって生活していたのでとてもとても貧しい家でしたが、食べ物に困ったことはひとつとしてありませんでした。
村の役人よりも街の憲兵よりも、薄汚い教科書の絵よりも背筋の伸びた綺麗な男性たちが兄の周りにたまに来てはお喋りをするようになってからは特に僕の家族だけが艶のいい顔だちをしていたものです。
『首くくりの木』に『嘘つき者』が吊るされました。
「ああ、みっともねえな、これだったら街の中央広場で斬首された方が人気が出るのに」と、兄はそんなことさえ平気で言って笑う人でした。
最後に貰ったバターの味を言い合ってはため息をつく母親やおばさんたちがわびしそうに兄を視ていたのを僕は覚えています。
「あの森? 行かないなぁ………あ、ああ、そうそう、小屋ね小屋にも種類があるけどアレは小屋っていった方がいいのかな、人なんか住める、嫌、に、三人、レースが見てたのはシュミーズかな、たぶん、うん、一度に言わないでよ。ははは、僕だって一時のことを瞬時に思い出せるほど出来はよくなくて、大学、ええ、僕は農奴の上がりでして、皇帝陛下のラジオで……ははは、まさか、そんな、それよりもちょっとうちのおばさんたちが皆様に」
兄はいつも相手の話に乗るように、はぐらかして調子に乗せて言葉を合わせることが上手でした。
上手すぎたのです。
「いたかな。そう、誰と?それはちょっと、ほら、あの森はいつも薄暗くて夏前には雪玉が突然降るような場所でしょ、そう、足元が濡れてね」
「こいつはダメだ」
家族全員分仲良く並んでぶら下がっている。ざまあみろというように。
「自分ところだけが良い暮らししていたと思ったら案の定、この様」「見てみなさいよ、あんたも口の減らないこと言ったりしたりしたらこういう風になるんだよ」「汚い豚ども」「ああ、忌々しい、ナニが優勢だか。目玉が潰れて頭も剥げてちゃ俺らと同じにホイトじゃねえか」
「この子は、預かった子です。ほら、僕のヘーゼルアイやあなた方のブルーアイじゃないでしょう」兄は最後の最後に嘘をついた。
僕はこの家の子じゃないと。
僕だけが首くくりの木に吊るされなかった理由。
僕はあの時、僕は『あんな家族でも、あんな金に汚く、人を見下し、高慢ちきで嘘つきが平気でできるようなあんな家族でも、僕は、……最後まで一緒に居たかった』
「よく言えたね、そうだね、居たかったんだよね」
『うん』
小高い丘には木はもうありません。
根っこごと掘り起こしてそこは、駐車場になりました。
旅行者には、退屈か緊迫の両極端の一部しか観ないのだから。
僕の兄はとてもお喋りな人でした。
戦地で兵隊にとられた上の兄や親戚達にとって一番身近な男が兄ひとりだったからでしょうか。
兄はいつもお調子者で滑稽なくらい人を虜にさせることが上手でした。
「あの男はダメだ、何度言えばわかる『お喋り鳥』は……」の後、ガラスの向こうにいる僕を見て真っ赤になった家の人が、手を上げてお仕舞いという様子を何度も何度も何度も、綺麗になった年頃のお姉さんが声を殺して泣いているのを観ていました。
僕の家は叔父さんがいなくなったおばさんたちが集まって生活していたのでとてもとても貧しい家でしたが、食べ物に困ったことはひとつとしてありませんでした。
村の役人よりも街の憲兵よりも、薄汚い教科書の絵よりも背筋の伸びた綺麗な男性たちが兄の周りにたまに来てはお喋りをするようになってからは特に僕の家族だけが艶のいい顔だちをしていたものです。
『首くくりの木』に『嘘つき者』が吊るされました。
「ああ、みっともねえな、これだったら街の中央広場で斬首された方が人気が出るのに」と、兄はそんなことさえ平気で言って笑う人でした。
最後に貰ったバターの味を言い合ってはため息をつく母親やおばさんたちがわびしそうに兄を視ていたのを僕は覚えています。
「あの森? 行かないなぁ………あ、ああ、そうそう、小屋ね小屋にも種類があるけどアレは小屋っていった方がいいのかな、人なんか住める、嫌、に、三人、レースが見てたのはシュミーズかな、たぶん、うん、一度に言わないでよ。ははは、僕だって一時のことを瞬時に思い出せるほど出来はよくなくて、大学、ええ、僕は農奴の上がりでして、皇帝陛下のラジオで……ははは、まさか、そんな、それよりもちょっとうちのおばさんたちが皆様に」
兄はいつも相手の話に乗るように、はぐらかして調子に乗せて言葉を合わせることが上手でした。
上手すぎたのです。
「いたかな。そう、誰と?それはちょっと、ほら、あの森はいつも薄暗くて夏前には雪玉が突然降るような場所でしょ、そう、足元が濡れてね」
「こいつはダメだ」
家族全員分仲良く並んでぶら下がっている。ざまあみろというように。
「自分ところだけが良い暮らししていたと思ったら案の定、この様」「見てみなさいよ、あんたも口の減らないこと言ったりしたりしたらこういう風になるんだよ」「汚い豚ども」「ああ、忌々しい、ナニが優勢だか。目玉が潰れて頭も剥げてちゃ俺らと同じにホイトじゃねえか」
「この子は、預かった子です。ほら、僕のヘーゼルアイやあなた方のブルーアイじゃないでしょう」兄は最後の最後に嘘をついた。
僕はこの家の子じゃないと。
僕だけが首くくりの木に吊るされなかった理由。
僕はあの時、僕は『あんな家族でも、あんな金に汚く、人を見下し、高慢ちきで嘘つきが平気でできるようなあんな家族でも、僕は、……最後まで一緒に居たかった』
「よく言えたね、そうだね、居たかったんだよね」
『うん』
小高い丘には木はもうありません。
根っこごと掘り起こしてそこは、駐車場になりました。
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