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手
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「イコ、今月の積み立て」
と、大金を渡された。
「ちづはいつもマメだね」とは言うが、彼にはそれを使うことがなく、備蓄と少々の遊び金に回していた。
彼女が言うそれは、学校への研修旅行への積立金だった。
日々、ちづは人の手を見ている。
券と現金を渡され、機械で処理し、引換券をトレーに載せて渡す。
手は大概節くれて、汚れている。
小窓の向こうの人間は、金の受け渡しだけを見る。
ちづは喋らない。
黙々と仕事をし、時間通りに終わる職場が好きだった。
そして、家に帰る。
だが、ある日を境に、嫌になりだした。
トレイを出す小窓にさっと、手を伸ばして触りに来る手があった。
じっとりとした、汗ばんだ、しわのない若い手。
そのわずかに触れることが、気持ち悪くなりだした。
「おねーさん、綺麗だね」
それは、その時に起こった。
担任の教員はまだ若く、保護者からも異性として見られる目を少しばかり悦に浸れるほどの余力はあった。
クラス担任にはならなかったが、補助担任として、特進クラスを見続けて将来の有望株を見定めては、妄想に浸れて充実した生活を送っていた。
学校は選抜して選び、教員研究会にも率先して出向き、若くして転職を狙うほどには今の職では分不相応であることを分かっていた。それが、災いした。
教員は、出来心で戸籍の閲覧をしたことをずっと黙っていた。
目の保養というだけの少年には、魅惑と魅力があり過ぎたのだ。
三者会議で連れ添っていた、女に嫉妬するほどには、その歪みはもうネジくれ曲がっていたのだ。
「イコ、本当に修学旅行に行く気はないの?」
「うん、自由参加だから」
「思いで作りなのに」
「思い出は強制されるものじゃないし、なにより僕は合宿とか無理」
「…そう」
まだ、成長期のころの合宿で誰かに襲い掛かれれて学校中が隠ぺいに騒いだことをちづは知っていた。その時もイコは「僕なら大丈夫です、ご心配をおかけしました。…とでも言わせたいのですか!それとも子供どおしの軽いいたづらだと片付けたいのですか?」と、カッターナイフで切られたシャツと腕を出して笑っていた。
「ちづ。僕は大丈夫だよ」
イコはちづを離さない。
イコの心に残るのはいつも、あの日の出来事。
母が飛び出した時に、ちづはイコを抱きしめた。
柔らかく、甘いシャンプーの匂いの胸の中で、喧騒は過ぎて行った。その日だけイコは泣いた。
「僕が護るよ」そう、何もかも。
「あんまりめんどくさいと、僕らの関係も…ねえ、先生?」
「貴方は、記者ですか?それとも詐欺師ですか?まあ、同じようなことだけれど…ねえ、静かに暮らしている人に今更何をしようとしているのですか?」
「君は」
「僕は未成年ですから、遊興施設に出入りできないんですよ」でも、ほら、その道を一歩外に出ただけで、公共機関、そして今いる場所は私道でしょうか?
僕の遊び場に…。
「ねえ、ちづ、僕ね、今まで受け取っていたお金貯めていたんだ。それに、内緒だったけれどちょっとアルバイトもしていたんだ。だから、今度お休みを取ってよ、有給取ってさ、旅行に行こうよ」
あの日掴んだ少年の手はとても小さく暖かかった。
その手は大きく、包むようにちづを掴む。
それでも同じように暖かい。
優しく育まれた手をしていた。
ちづは、その愛おしい手を見続け、涙を流した。
暖かな涙は、手のひらで冷たくなる。
暖かな涙は、ぽとりぽとりと手に落ち続けるのだ。
と、大金を渡された。
「ちづはいつもマメだね」とは言うが、彼にはそれを使うことがなく、備蓄と少々の遊び金に回していた。
彼女が言うそれは、学校への研修旅行への積立金だった。
日々、ちづは人の手を見ている。
券と現金を渡され、機械で処理し、引換券をトレーに載せて渡す。
手は大概節くれて、汚れている。
小窓の向こうの人間は、金の受け渡しだけを見る。
ちづは喋らない。
黙々と仕事をし、時間通りに終わる職場が好きだった。
そして、家に帰る。
だが、ある日を境に、嫌になりだした。
トレイを出す小窓にさっと、手を伸ばして触りに来る手があった。
じっとりとした、汗ばんだ、しわのない若い手。
そのわずかに触れることが、気持ち悪くなりだした。
「おねーさん、綺麗だね」
それは、その時に起こった。
担任の教員はまだ若く、保護者からも異性として見られる目を少しばかり悦に浸れるほどの余力はあった。
クラス担任にはならなかったが、補助担任として、特進クラスを見続けて将来の有望株を見定めては、妄想に浸れて充実した生活を送っていた。
学校は選抜して選び、教員研究会にも率先して出向き、若くして転職を狙うほどには今の職では分不相応であることを分かっていた。それが、災いした。
教員は、出来心で戸籍の閲覧をしたことをずっと黙っていた。
目の保養というだけの少年には、魅惑と魅力があり過ぎたのだ。
三者会議で連れ添っていた、女に嫉妬するほどには、その歪みはもうネジくれ曲がっていたのだ。
「イコ、本当に修学旅行に行く気はないの?」
「うん、自由参加だから」
「思いで作りなのに」
「思い出は強制されるものじゃないし、なにより僕は合宿とか無理」
「…そう」
まだ、成長期のころの合宿で誰かに襲い掛かれれて学校中が隠ぺいに騒いだことをちづは知っていた。その時もイコは「僕なら大丈夫です、ご心配をおかけしました。…とでも言わせたいのですか!それとも子供どおしの軽いいたづらだと片付けたいのですか?」と、カッターナイフで切られたシャツと腕を出して笑っていた。
「ちづ。僕は大丈夫だよ」
イコはちづを離さない。
イコの心に残るのはいつも、あの日の出来事。
母が飛び出した時に、ちづはイコを抱きしめた。
柔らかく、甘いシャンプーの匂いの胸の中で、喧騒は過ぎて行った。その日だけイコは泣いた。
「僕が護るよ」そう、何もかも。
「あんまりめんどくさいと、僕らの関係も…ねえ、先生?」
「貴方は、記者ですか?それとも詐欺師ですか?まあ、同じようなことだけれど…ねえ、静かに暮らしている人に今更何をしようとしているのですか?」
「君は」
「僕は未成年ですから、遊興施設に出入りできないんですよ」でも、ほら、その道を一歩外に出ただけで、公共機関、そして今いる場所は私道でしょうか?
僕の遊び場に…。
「ねえ、ちづ、僕ね、今まで受け取っていたお金貯めていたんだ。それに、内緒だったけれどちょっとアルバイトもしていたんだ。だから、今度お休みを取ってよ、有給取ってさ、旅行に行こうよ」
あの日掴んだ少年の手はとても小さく暖かかった。
その手は大きく、包むようにちづを掴む。
それでも同じように暖かい。
優しく育まれた手をしていた。
ちづは、その愛おしい手を見続け、涙を流した。
暖かな涙は、手のひらで冷たくなる。
暖かな涙は、ぽとりぽとりと手に落ち続けるのだ。
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